キスって何それ、美味しいの? [ 4/9 ]

俺の彼女は頭がおかしい。
かなり弱いのだ。

それは、以前からずっとわかっていたことだ。正直に言うが、彼女はバカだ。尋常じゃないぐらいバカ。そんなことはとうにわかっていた。わかっていたんだ。だが。


「ねえ、御幸!」
「ん?どうした?」


いつものように自分の席に座ってスコアブックを眺めていた。そんな時、彼女は俺の前に現れた。『スコアブックばっかりじゃなくって、私も構ってよね!』なんて言わない、聞き分けのいい彼女を持ったことで、教室でも野球のことを考える時間もちゃんと取れている。彼女なりに気を使ってくれて、静かに倉持あたりに構ってもらったりして(正直あまり気に食わないが)、俺がスコアブックを見ている間はあまりこちらに来ないようにしてくれている。有難いような寂しいような。

そんな時に、彼女が珍しく俺の席にまで来た。どうしたんだろうか、と素直に思っていた。すると、


「キスって美味しいの?」


と。教室の端っこだったが、彼女は結構キーが高いからそれなりに教室に響いていて。…一瞬何を言った、この子、と思い、思考回路がショートしたが、何とか回復した。こういうとき、本当に捕手をやっていてよかったと思う。あまり動揺することがないからだ。場の状況を素直に理解していく。そしてそれの打開策を考えるという癖がついているからだ。しかし彼女は今確かに、『キスって美味しいの?』と聞いた。キス?美味しいって、したことはあっても、食べたことないんだけど。ていうか、


「そんなこと聞いて、どうしたんだよ。綾華」
「結城先輩がね、キスはふっくらしてて美味しいって言われてたから」
「哲さんが?!」


全く持って予想外だ。どうせ倉持あたりがいつものように綾華に要らない悪知恵を与えているもんだと思いきや、今回はあの哲さんがそんなことを吹き込んでいたとは。正直それに対しての驚きが大きくなったような気がする。

俺のそんな考えも知らずに、俺の愛しい彼女は『ねえ、キスって美味しいのってば!』と先ほどよりもさらに大きな声を出す。教室にいるクラスメイト達の視線はみんなこちらに集中している。大方、『御幸はどういう答えを出すのか』と言うことが気になるのだろう。ああ、もう。こういう質問をするなら、二人きりの時にしてほしいもんだぜ。そうしたら…。なんて野暮な考えを働かせていれば、


「ヒャハッ」


よく聞く、俺の数少ない友人の一人の特徴的な笑いが鼓膜を振動させる。そちらの方をジロリ、と見れば、『そんな目で見んなって』なんて言う。見るに決まってるだろう。


「御幸、何か勘違いしてないか?」
「はあ?」
「キスは、一つじゃないぜ?」


一つじゃない?その言葉がどういう意味なのかが俺には一瞬理解ができなかった。だが、…その意味が大体わかってきた。


「ごめん、綾華。キス、美味いよ」
「美味しいの?!どんなキスが美味しいの?!」
「ああ、」


パアっと明るい表情をさせながら言う綾華に、その言葉だけを聞いたら、フレンチかディープかというような意味にも取れるということを言ってやりたいような、そんな感覚になるけれど。心底思った。コロコロと表情を変える彼女に。少し頭の弱い彼女に。俺は本当に惚れてるんだと。こんな彼女の姿を見てもなお、可愛いと思うのだから。



「フライにしたら特に美味いと俺は思う」



まあ、地道に頑張っていこうか。




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