案外伊佐敷くん早いな、と思いながらも、
「離してよ…っ」
なんて言って振り向けば、
「……っ、う、そ……」
何で。
「…間に合ってよかった、」
何で。
「…ど、うして…」
ああ、もう。止めて欲しいのに。
「…久しぶりだな、綾華」
してやったり顔の御幸くんに、彼が犯人だなと思いながらも。私は彼から視線が離せない。急いで走ってきたのか、少し息を荒くしている彼は、そう。一番、会いたくなかった人だ。
会いたくなかった人で、―――心のどこかでは一番、会いたいと思っていた人。
その証拠に、
「…っ、離して…よ…っ」
少し動揺してる。会いたくないってあれだけ言っておいて、本当に現金な奴だ、私は。本当に、自己中心的すぎる。愛想を尽かされなかったのが、不思議だ。こんなのじゃ、愛想尽かされて『さよなら』を告げられてもおかしくなかった。なのに、よく耐えてくれてたなと。私は思った。
「…離さない」
伊佐敷くんとは比べ物にならない。本当に彼は『離さない』と思っているようだ。それが、ひしひしと感じる。それぐらい強く、強く。腕を掴まれてる。
「私は、会いたくなかった…!」
「俺は、会いたかった」
「…っ」
さすが毎日トレーニングしてるだけあって、高校時代よりもさらに体格がよくなったクリスの姿を見て、随分会っていないんだと言うことを改めて痛感する。そしてまた、…格好よくなった。まあ、父親でもあるアニマルさんに少し似てきたかな、とも思うけれど。どうして。どうしてよ。私にこだわらなくたって、女の子いくらでもいるでしょ?何でよ。何で、こんな大して可愛くない私に、こんな態度の私に、そんな言葉を掛けてくれるの。あんなことをしたのに。どうしてよ。たくさんの『どうして』が生まれる。それでも、
「…お願い、クリス。離して」
「…どうして逃げる。俺、何かしたか…?」
「違う!…私は、会わせる顔がない」
「どういうことだ?」
「…っ私は、クリスの隣に立つ資格はない」
「…資格?」
「クリスが一番苦しい時に私は逃げたの。支えなきゃいけない時に傍を離れたの…っそんな私が、クリスの隣に、傍にいる資格なんてないよ…っ」
本当は、嬉しくって仕方がない。
忘れていたつもりだった。嫌いで別れたわけじゃない。好きで、好きで仕方なかったんだもの。でも、忘れようと。必死で忘れようとして、ようやく。治まったあの感情が、彼を見ただけで。再熱し始める。
だから、会いたくなかった。次こそ、もう収められない。そんなことも、わかってた。
「俺は、―――綾華に傍にいて欲しい」
「…っ何で、」
「好きだから。それ以外、何かいるか?」
「…っい、らない…けど…っ」
クリスはあの頃と何ら変わらない笑顔で。何で、何でなの。そう想っているのに、私はその笑顔に安心感を覚えてる。―――そうだ。いつだって、クリスは私がやらかした時はその笑顔で許してくれた。咎めたり、しなかった。ちゃんと私の理由を聞いてから、『次は気をつけろよ』とか。そんな、優しい言葉を掛けてくれて、そして、その笑顔を向けてくれた。ずるい。ずるいよ。そんな、思い出させるなんて、本当にずるい。
「…私、だって……っ」
ああ、もう。
「……っ」
素直になるしかないじゃないか。
「……好き、だったよ…っずっと!」
そう言えば、クリスは私を抱き締めた。
私にはクリスの顔は見えなかったけれど。不安も、悲しみも、何もかも。次こそは、全てを拭ってあげられるような。そんな、優しさであなたを包んであげたい。そう思ったのは言うまでもなくて。
―――これからは君の傍で、支えてあげたい。
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