ねむりに落ちたらさようなら



私の愛しいひとは、とても忙しい人だ。


「綾華」


時刻は深夜一時過ぎ。つい30分ほど前に電話が掛かってきたのは記憶に新しい。こういう、突然『今から行くから』と電話が掛かってきて、うちに来ることはよくあることだ。真夜中にジャージにサングラスを掛けて、彼はうちに訪ねてくる。一方の私はと言えば、モコモコのルームウェアに身を包み、もう寝ようか、と言うような恰好で彼をお迎えする。部屋着姿なんて何度も見せてるから、そんなに抵抗はないけれど、せっかく彼に見てもらうなら、オシャレしたいと思うのが乙女心と言うやつだ。

でも、どんなに遅くなっても、少しでも暇になったら練習の合間を縫って私に会いに来てくれる、彼は私の最愛の人。連絡はお世辞にもこまめ、とは言い難いが、私の気持ちを出来る限り組んでくれる、とても優しい人だ。寂しいと思うことは常だが、それを口に出さないと私の中で決めている。私の感情は二の次で、彼の応援をする、と。そう思うほど、彼は魅力的で素敵で。日本中から注目を集めている人だ。


「どうしたの、こんな時間に」
「綾華に会いたかったから来たんだよ」


『悪いか』とすごく不満そうな顔で言う、我が彼氏様である一也。テレビに映っているときの、あの澄ました顔が嘘かと言いたくなるような顔で。ヒーローインタビューとかの、あんないけしゃあしゃあな笑顔も、一也はイケメンだから凄くかっこよく映ってしまう。……偶に、どうしてテレビでそんな笑顔をするの、と思うほど。こんな笑顔を見たら、みんな一也のことが好きになっちゃうじゃないと。ちょっとだけ妬いたりする時もある。なのに、今目の前で向けられているのはこんな顔。それに、『悪い』なんて私が言うわけないのを知っているのに。本当に私のことわかってくれているんだかいないんだか。そう思いながらも、『湯冷めしたら風邪ひくぞ』とベッドの上に追いやられ、布団を被せられる。そしてベッドの上に座る一也。


「練習、お疲れ様」
「サンキュ」
「…どうしたの、そんなに見つめないでよ」
「…あー。早く奥さんになってくれねえかな」
「えっ、も…突然何を言いだすの」


不意を突いて一也はこういう冗談を言うから、私は堪ったもんじゃない。ドキドキして、眠れなくなってしまうじゃないか。そりゃ、いつかは、と夢を見るのが女の子。私だって、いつかは結婚したいとは思っているけれど、野球選手の奥さんは大変だと聞いたことがある。私だって準備ってものがあるの、と思いながら、『真夜中に言う冗談じゃないよ』と言えば、『冗談なんかじゃねーよ』とまたムッとした表情になった。私の前で見せる彼の表情は、まるで少年のような表情ばかりだ。素顔を見せてくれているのだろう、私も嫌じゃないけれど、偶に不安になってしまうのは言うまでもない。私ばっかりドキドキヒヤヒヤしてて、彼はいつも余裕そうで。


「マジ、目の届くところにいてくれないと心配で練習どころじゃねーんだけど」
「よく言うよ、もう」
「……明日から遠征だから。だから、綾華に会いに来た」
「そっか…、もうすぐシーズンだもんね。調整、頑張って!」


また会えない日々が続くんだ。そう思うと、切なくなった。一也にとって、私よりも野球の方が大切だと言う事は分かってる。野球中心の生活をしないでと言うつもりも私にはない。野球をしている一也が好きなんだもの。そんな事、私には言えない。でも、……寂しいんだ。遠征に行ったらしばらくは絶対に会えない。だからいつも遠征前には必ずどんなに遅くなっても、うちに来るんだ。けれど、それが一也の負担になってないかといつも心配で堪らない。今日だってたくさん練習して、トレーニングして、ここに来てくれている。そんな彼に負担がないわけがないと分かっているから。でも私は、それに甘えてる。彼女として、パートナーとして、最悪なのかもしれないけれど、会いたくてたまらないの。


「…ごめんな、綾華。寂しい思いさせて」


『でもそれでも、お前を離してやれない』と。ベッドに横になる私の頭を撫でながら『ごめんな』と再び申し訳なさそうに一也は言う。


「何言ってるの。寂しいけど、そんなのどうだっていいの。私は野球してる一也が好きだから、そんなこと我慢できるし、応援してるんだよ」


『だから黙って戦う準備して来な』と大口を叩く。本当は寂しくて堪らないのに。出来るなら、一緒にいて欲しいのに。でも、一也の為。そう自分の気持ちを封じ込めて。私は笑う。私にできることは、こういうことしかできないから。そしてまた、私が眠りに就けば、彼は出ていく。そんなこともわかってる。


「…サンキュ、綾華」
「…うん。だから、ね」


早く帰ってきて。とは言わずに、ただ、『勝ってね』と言って私は眠りに落ちる。眠りに落ちるまで、一也は私の頭を撫でてくれて。そして、部屋を出て行く前には、私を軽く抱きしめて、『言って来る』と言って出て行く。こんな事も、知らないと思っているんだろうね。私が一也が折角いるのに、完全に眠れるわけがないじゃない。…一也が座っていた部分を触れると、まだ温かい。けれど、時間が経てば、当たり前だけど冷めていく。その過程を感じながら私は今日も一人眠りに就く。



  
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -