ひとみを閉じたらさようなら



この世には出会いがあって、別れがある。だからこそ、人間は成長していく。そんなこと、わかっているんだよ。でも…。でもね、どうしてもあなたとだけは『さようなら』をしたくなかったんだ。たとえ、どんなことをしたって。


「…ゆ、うし、」
「綾華…っ愛しとるで、」


真夜中のベッドルーム。そこには先日の夜からベッドに縫い付けられて、声を嗄らしている私と、汗だくになっている侑士の姿。―――一緒にいなかった時間を埋めるかのように、私たちは体を幾度となく重ねた。そこに心なんて、ない。所詮、体だけの関係なのだから。

帰国後、偶然街中で会った彼に、抱きしめられて。久しぶりね、なんて挨拶も飛び越えて、学生時代の延長と言わんばかりの“こんな関係”をもう一度してしまったのだ。だがもう、こんな事をして許される年齢でも、肩書でもない。私たちは社会人で、彼はもう、結婚もして、奥さんもいて。もう、こんな関係を持てるような人じゃない。けれど、私はわたしを保てなかった。あまりにも突然の再会に驚いてしまったんだと。そんな言い訳を並べて、彼の腕に抱かれる。

ふと脳裏に浮かぶのは、学生時代の彼との出来事。そして、彼の奥さんである、私の友人の姿で。いけないことをしているのは分かっているのに。


「綾華…っ」


彼の紡ぐまやかしの愛に、嘘の愛に、また溺れそうになっているんだ。適当に私で遊んでいるだけだと、わかっているのにどうしてもまた、思いだしてしまう。そしてまた、過ちを犯してしまいそうになる。私は彼を、ずっと愛しているのだから。何度思っただろう。『あなたは罪な人』と。そして私は、『なんて酷い人間なのだろう』と。


「も……っ無理…!」
「愛しとる…愛しとるから、綾華…っ」


『もう、俺の前から消えんでくれ』

そう彼は切なげに私の耳元で呟き、果てる。こんな事を言ってもらえると思わなかった私は、一筋の涙を流す。…ああ、今、とても幸せだ。いけない感情に振り回されているのは私だけじゃないと分かって。体だけの空しい関係だけじゃなく、お互いを必要としている。その上でのこの関係だったんだって。

そして、この言葉にどんな意味が含まれているのかは私には性格にはわからないけれど。頭のいい彼なら、もしかしたら察していたのかもしれない。この行為をした後、彼の瞳が閉じて、眠りに就いたら、出ていっていたことを。私はそれだけで、……満足よ。

そして侑士は眠りに就いた。きっと連日の勤務に疲れていたのだろう、クマをつくっている彼。きっとここ最近は休みなんてなかったはずなのに、貴重な休みを私に使うなんて。本当、馬鹿な人なんだから。家族の為に使えば良いのに。……でも、そんな風に思っていたって、私はとても幸せなんだ。

『あの時、どうして私を選んでくれなかったの』なんてバカな質問はしない。

昔から寝付きはとてもよくって、私はこの時だけ、本当の恋人のような気持ちになれた。彼の寝顔を独占して見れる。ただそれだけなのに、幸せで満たされた。馬鹿なのは、侑士じゃない、私だ。私は久しぶりに友人のメールアドレスに一言、『ごめんね』とだけ打って、この場所から立ち去った。君の瞳が閉じたら、いつだって。この甘い時間のさようならだ。






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