今だけは私に嘘をついて欲しかった 「あの女の子、誰?」 「隣のクラスの女子じゃ」 「…そっか」 今日も私に嘘をつく。 そんな君は一体、どんな気持ちなんだろう。 “立海大の仁王”と言えば有名だ。あの天下のテニス部でレギュラー、詐欺師、実は田舎育ちとか。いろいろな噂が出回って入るが、それだけじゃない。―――女遊びが激しい。そんな噂だってある。まあ、噂というものは6割ぐらいは嘘だろう。本当のことが大袈裟に出回って、でまかせということもある。けれど、その噂は本当だ。 『3Aの桐沢綾華と付き合っているのは汚名を撤回するためのカモフラージュ』付きあった当初はそんな噂が出回ったことも記憶に新しい。私は外部から進学してきたから、過去にどういった噂があって、なんてことは知らなかった。知るはずもない。ただ、憧れが大きくて。 「…ねえ、マサ」 「なんじゃ、綾華」 丸井たちは、『仁王はマジで変わったぜ』と言う。『桐沢と付き合う前と比べたら相当落ち着いたぜ、今は』と。けれどそれは、私が“カモフラージュ”しているだけ。実情は今も相当“すごい”。 「私、もう疲れちゃったよ」 二人でデートしていたとしても、『雅治、今日はその子と過ごすの〜?明日はあたしと過ごそうよ』なんて平気で声を掛けてくる女の子だっている。もっと悲惨な時は、『あ、雅治のカノジョじゃん!』と、雅治の“知り合い”なはずなのに、私まで知り合いかのように、手を振ってきたりする女の子もいる。 そんな日々に、何が正しくて、何が正しくないのかがわからなくなった。付き合うって、どういうことだっけ。そんなことさえ、わからなくなって。 「お願い、もう…別れよ」 私は今日、ついに別れを告げた。 でもそれは、本心じゃない。私だって別れたくない。だから、これは賭けだった。もしも『嫌』って言ってくれれば。私はマサを信じて、このまま付き合う。けど、『良いよ』と言えば。もうこれで、さよならをするって。 「…嫌じゃ」 だから、この言葉を聞いた時、嬉しかった。私は、マサにちゃんと愛されてるって。そう感じたから。けれど、私は素直には言わない。 「だって、マサは私じゃなくてもいいじゃない」 お願い。この先も、粘ってよ。 「私が“彼女”っていう立ち位置にいる間は、他の女の子と一緒にいるマサを見たくない」 私はマサにそう言えば、マサは軽く笑って。 …ああ、カミサマ。 「分かったぜよ」 いるなら、お願いします。 「綾華の代わりなんて他にもおるけ、全然構わんぜよ」 嘘で、 「さよならぜよ」 嘘で良いから。 『 』と、言ってください。 でもそんな願いでさえも―――簡単に、打ち砕くんだね。マサが…、仁王が去っていく背中を見ながら、私は呟く。 「嘘でもいいから、好きだったって言って欲しかったよ」 最後に少しでも、カノジョでいさせてほしかった。 ((end)) <柚月夏海さま主催企画『嘘つきな笑顔』提出作品> back |