追憶としての約束


「綾華!久しぶり!」
「…久しぶりだね、有希子」


駅の地下にあるオシャレなカフェで待ち合わせしていたのは、青春時代を共に過ごしてきた我が友人・有希子。そんな有希子は、来年の春結婚する。お相手は、


「ごめんね、忍足くんとの結婚式行けなくて…」


忍足侑士、同じく中・高校のクラスメイトで部活仲間だった。
でも、私たちの関係は、――それだけじゃなかった。
学生の頃から有希子たちは付き合っていたけれど、私たちの“関係”はそれよりも長かった。有希子には言えないぐらい長い時を、私たちは共有した。正直、私は忍足くんが、彼が好きだったから。
でも、有希子が忍足くんが好きと聞いたときに、私はこの“関係”を止めなきゃだめだと。そう思った。有希子にこの関係を知られたくなかったから、私は。

『…これで、終わりにしよう、侑士』
『何、何を急にそんなこと…何でや、綾華』
『…もう、こんな虚しい関係は止めよう。幸せになるべきだよ。侑士も、…私も』
『ますますわからんわ!好きな奴でもできたんか、綾華…っ』
『…ごめん、侑士』


“もう私、耐えられない”
もしも、彼が有希子を選ばずに、私を選んでくれたなら。その時は私は、侑士に…忍足くんに告白しよう。そう思っていた。でも彼は、有希子を選んだ。その時点で、諦めはついていたけれど、偶に、全てを言いたいって思う時がある。でも、それが言えないのは、


「仕方ないよ、綾華だって今が大切な時期だもんね」


有希子のことも、好きだからで。


「…有希子」


ごめん。ごめんね、有希子。私は有希子に嘘をついている。それも、最低な嘘と裏切りを。

『有希子、忍足くんとの結婚式には呼んでね?絶対に行くから』

この約束も、果たさないまま。
私は嘘に溺れなきゃいけないのか。


「でも、綾華には来てもらいたかったな」
「本当、ごめんね」


行けないんじゃない、行きたくなかったんだ。
最初で最後、愛した人の結婚式に、私は行きたくなかったんだ。その姿を見たくなかったんだ。


「それにしても、羨ましいや。綾華ったら、今やデザイナーとして有名だもんね」
「そんなことないよ」


今度パリコレにも出演依頼来てるんでしょ?知ってるんだからね!と有希子が言う。それは、確かに嬉しいし、やっと私の芽も芽生えたんだって。素直に嬉しい。でも、…有希子には、羨ましいなんて言ってほしくないって気持ちが大きい。
だって、女としての幸せを掴もうとしているのだから。


「忍足くん、元気?」
「うん、元気だよ。でも、一週間に4回ぐらいは夜勤とかあるから疲れてるよ」
「…そっか」


有希子がサポートしてあげなきゃだね、と私が言えば、有希子が照れくさそうに、それでも幸せそうに笑う。ああ、『行けない』って、言っててよかった。私、…良かったねなんて言えない。祝福してあげられない。


「もう渡米するんだっけ」
「うん。あと3週間後かな」
「…そっか、寂しくなるな」

「…幸せにね、有希子」


あの夏の日。
私は、大切なものを手放した。

もし、もしも。
あの日、あなたの手を手放さなければ。
変わった運命があったのだろうか。



((end))
<千晶さま主催企画『別れ』提出作品>




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