愛した日々さえ色褪せた


いつだっただろうか。
貴方は私に『愛している』と言ってくれたのは。


「綾華」

大きな屋敷を背に向けたとき。私の背後から愛しかった声がする。お金も地位も名誉も。全て兼ね備えている貴方の隣に立てて、幸せだったと言える。素直に、言えるわ。けれど、

「…留学したいなんて、勝手なことを言ってごめんなさい」

私は今日からイギリス・ロンドンへ留学する。桐沢本家にも猛反対されたが、跡部本家にも反対された。跡部の御曹司である景吾と婚約していたため、猛反対されていた。けれど、景吾が跡部本家を説得してくれたおかげで私は留学することができることになった。けれど、婚約は解消になった。

「どうしてそんな顔をしているの、景吾」

にっこりと、私は笑う。もう、笑うこともお手の物だ。
散々貴方は私じゃない、いろんな女の子に手を出したじゃない。別に私は、そういうことがいけないと言っているわけじゃない。ただ、…私を“女”として見てくれていなかったことに対して辛かったんだ。婚約して10年。私はキスされたこともないのだから。私と婚約解消したことで、やっかみは無くなった。所詮は親同士が勝手に決めた政略結婚のようなものだった。私は、いない方がいいのよ。

「貴方は、そんな顔をする人じゃないでしょう?自信たっぷりないつもの顔で、私を見送ってほしいわ」

最後ぐらい貴方は、私を“婚約者”として。親が決めた“恋人”として見てほしい。ただ、それだけなのに、貴方はしてくれない。…まあ、仕方のないことかもしれない。だってもう。


「…今まで、私を婚約者として隣に置いて頂いて、ありがとうございました」


初めてパーティで見たとき、私は一目惚れした。思えば、それが初恋だった。私は景吾を童話に出てくる王子様のような人だと思った。その当時から自信家で、王様っぽいところがあったけれどそれさえも、私にとっては彼の魅力の一つだった。

私は私なりに、彼を愛した。…愛していた。

「綾華、俺は…」
「景吾。私は、貴方が好きだったわ。愛してた」

けれど、言わないで、言わさないわ。
だってもう、―――愛した日々さえ、私は忘れてしまったから。


((end))
<柚月夏海さま主催企画・「初恋の砂」提出作品>



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