▼ 好きと大好きを掛け合わせて愛してるって付け足すの
彼の第一印象は“可愛い”だった。巧く投げれた時のあのニカっと得意げに笑う彼が、可愛くて仕方なかった。恋愛対象としてではなく、弟を見るような、そんな感覚だった。しかしとてもじゃないけれど、こんな弟。
「いらないね」
「何、何の話?綾華」
突然そんな言葉を吐く私に、ブルペンで投げていた鳴ちゃんは私を見ながら不思議そうな顔をしていた。
「ううん、何も」
「…ほーんと綾華って変な奴だなあ」
「鳴ちゃんに言われたくないからね」
私などより、鳴ちゃんの方が十分変な奴だ。こんなに王子様…いや、坊ちゃんな高校2年生はいないだろう。恐ろしいぐらいプライドが高く自信家で、自分大好きで、…陰では人の何倍も練習しているハングリー精神の塊みたいな金髪は、全国各地隅から隅まで探したって。そんな鳴ちゃんは、
「!また“鳴ちゃん”って言ったなっ!」
プンスカプンスカという効果音が聞こえてきそうな雰囲気で怒る。うん、そういうところは本当に可愛い。捕手である原田くんが『鳴、早くしろ』なんて言っているのに完全フル無視状態でブルペンからフェンスを隔てた向こうにいる私に向かって怒っている。
「なら鳴ちゃんは綾華じゃなくって綾華先輩って呼ぶ?」
「…っマジずりー!」
「何とでも言いなー」
そう言いながら鳴ちゃんと原田くんに向かって手を振り、帰ろうとする。私は、鳴ちゃんのひとつ上。先輩なんだ。そのポジションが嫌で嫌で仕方がなかった。…勿論、鳴ちゃんは気付いていないのだろうけれど。初めは本当に恋愛対象では見ていなかった。けれども、どうしても。カリスマ性というか、人を惹きつける力があるというか、やはり成宮鳴という男はすごい人なんだ。いつしか、好きになってた。
けれども私が後輩と付き合うとかそういうのは学生のうちは考えられなかったから、告白しようなんてことは考えられなくって。同じ学校で付き合うなんてとんでもなかった。しかも、エースなんて絶対に有り得ない。だから私は『鳴ちゃん』と呼ぶことで自分の中に壁を作った。
「好き、なんだけどなあ…」
思わず出たその単語に、私は笑う。――ほら。こんなに、君のことを思っているんだよ、私は。私は後輩とは付き合わない。その思考を捨て切れないがために、こんなにもずるずると曖昧に突き放しては近付いて。最低な人間なんだよ、私は。自らを嘲笑う。
『綾華』とあの自信たっぷりな笑顔で呼んでくれる彼を、一体いつまで見れるのだろうか。
「誰が好きなの」
「えっ」
突如後ろから声がした。その声は、間違えるはずもない。―――鳴ちゃんで。そんな鳴ちゃんは今までに見たことがないくらいに不機嫌そうな顔で。
「ねえ、聞いてる?誰が好きなの、綾華」
『早く答えてよ』と言う鳴ちゃんに、聞かれていたんだと悟る。ああ、何で今日に限って原田くんはちゃんと鳴ちゃんを捕まえておいてくれなかったんだろうか。そう思うと、はあ、とひとつ溜息が零れる。
「…綾華は俺のことを後輩としか見てないかもしれないけど、好きだよ」
知ってたよ、なんて言わなかった。本当は、そんな自信もなかったんだから。私は、逃げていただけ。『好き』と伝えて『NO』と拒否されたら、と考えたらどうしても行動に移せなかったんだ。鳴ちゃんにこんな顔をさせたかったわけじゃない。こんなことを言わせたかったわけじゃない。…私は。
「…私は、そんな鳴が好きなんじゃないよ」
「……綾華?」
「私は、どこからその自信が出てくるんだって言うぐらい、いつも自信たっぷりで、すべて自分の言うことを通そうとするけど、それだけ自分にも厳しい鳴が好きなんだよ」
君が好きだ、鳴。私がそう言えば、先ほどの表情は何処へ行ったのやら、いつもの自信たっぷりな不敵な笑みを浮かべていて。
「俺の方が好きだから」と言う。ああ、幸せだ。大好きな人に『好き』って伝えることがこんなにも幸せなことだって初めて知ったよ。『好き』って言ってもらえることが、こんなにも嬉しいことだとも。
「私は大好きだから」
「何言ってんの、温すぎる!俺はまだまだそんなもんじゃないから!」
「え?」
この幸せがどうか、
「好きと大好きを掛け合わせて、愛してるから!」
―――ずっと続きますように。
((end))
<まついさま主催企画『わたしのすきなひと』提出作品>
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