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▼ ふたりの未来

久しぶりに日本に帰国した私は、空港の某有名コーヒーショップにいる。目の前に、超機嫌の悪そうな男を引き連れて。なぜ、こんな状況になっているのだろうか。高校の同級生であり、元彼である御幸と一緒に対面しているなんていう状況が出来上がったのだろうか。

「…そんな不貞腐れた顔しないでよ」

それでも治らず、終いには『元々こういう顔だから』なんて訳のわからないことを言い出した。子供か。この状況が生まれてしまったのは今から数十分前、私はバッタリと元彼である彼と空港のお土産売り場で出くわしてしまったことから始まった。
私が御幸と知らずに当たってしまったのだ。お互いにサングラスをしていたからわからなかったのだが、謝って通り過ぎたとき、偶然にも倉持が御幸を呼びに来た。それにより判明したのだ。更にはナイスタイミングと言うかなんというか、私は御幸から逃げようと急いで売場から逃げようとすれば、またぶつかってしまった。それが、沢村くんで。沢村くんだからまあ、驚きのあまり私の名前を大声で叫び、騒いでしまったために御幸、倉持にバレてしまい、アウトだ。

ということで御幸に連行され、今に至る。私はラテを、御幸はブラックを。御幸に至っては不機嫌丸出しで肘をついて、ウィンドウの向こうに見える長めのいい景色を見ながら飲んでいる。そんな姿もイケメ……顔だけは無駄に整っているから様になっていて。本当にムカツク。なんて思いながら、ラテをちびちびと飲む。
勿論、このラテも御幸のオゴリだ。『席に座っとけ』と言われ、窓際を選び座っていると、自分の分と私の分を持って座った。本当にびっくりした。よく覚えてたなと感心したほど。…私がここのコーヒーショップのラテが好きなこと。そして、アイスじゃなきゃ飲めないのだが、氷は無しで頼むこと。そんなこと、絶対に忘れてるって思ってたから。

「久しぶりだな」

と御幸が口を開けた。

「…そうだね」
「高校卒業してからだから…6年…経ったか」
「本当、早いよね」

何気なく思ったことを言えば、『そうでもねえよ』と苦笑いしながら言う御幸。そうだろうか。あっという間だった気がするのだが。

「綾華にとっては早かったかもしれねえが、俺にとっては結構早いようで長かったよ」

『綾華がいないこの6年は』と。御幸は全面ガラス張りのウィンドウの外を見ながら、言う。6年前、私は誰にも言わずに、…直前まで付き合っていた御幸にでさえ言わずに留学した。しかも、一切の連絡手段を絶って、親との近況報告をするためだけにスマホを新規契約した。私も高校時代までの友人たち全ての連絡先を移しては行かなかったし、教えもしなかったから、お互いに連絡は取れなかった。

「今までどこに行ってたんだよ」
「ロンドン」
「…は?」
「卒業してから留学してたの。大学も、向こうの大学を出たの」

私がそう言えば、それでその大きいスーツケースな、と一人納得していた。

「語学留学?」
「うん、それが主には目的」

『留学先が楽し過ぎて、延ばして延ばし過ぎたんだけどね』と言えば、『綾華らしいな』と笑う御幸。けれど、それだけじゃないんだ。そう御幸に言えば、再び真剣な顔になった。きっと、察したのだろう。これからが、本題だと。

「…ごめんね、御幸」
「…謝られても、何に対してかがわからねえ」
「6年前、…私…本当にごめんなさい」
「…理由。言ってくれんだろ?」
「…うん」

怒っているような口調だったが、彼の目は苦しそうな、心配そうな目で。それが余計に私には辛かった。なんでこんな私に、そんな目を向けてくれるの。そんな彼に唯一出来ることは、全てを話すこと。それしかない。そして私はポツリポツリと話し始めた。

付き合い始めた高1の冬。その頃には野球部内で頭角を現し、レギュラーにもなっていた御幸。そんな御幸と付き合うということを私はよく理解しているようで、していなかったのだ。瞬く間に広まり、野球部のファンクラブから結構言われた。手を出されたことはなかったが、見えないところでの罵倒や中傷は凄かった。けれどそれでも、御幸が好きだったから。だから必死で御幸の後を追っていた。
初めは日本でそのまま大学を受けようとしていた。勿論、御幸と同じ大学を。御幸はスポーツ推薦で決まっていたが、生憎私にはそんな功績はない。しかし幸いなことに、頭はいいほうで、合格は確実だと言われていた。しかしどこからか、青道の御幸・倉持、そして稲城実業の成宮くん、さらに薬師の真田くんがこの大学の推薦を受けたという情報が流れていたのだ。それを聞いた野球人とファンは挙ってこの大学を受験した。それにより、倍率が跳ね上がったのだ。そう――落ちたのだ。

『一緒の大学を出て、俺はプロ、綾華は保育士になって、絶対に結婚しような』

御幸と語ったあの夢は、脆くも崩れ去ったのだ。申し訳ない気持ちが胸を占めた。何度泣いただろうか。この頃には御幸との未来が、見えなくなってしまっていたのだ。寧ろ私は拒否し始めていたのだから。担任に相談したところ、留学してみないか?と勧められた。以前から語学留学には興味があったから、親に今までの経緯を全て話し相談して、その結果留学することに決めた。

「―――そこから後は、起こった通り」

そのあとすぐに私は御幸に『別れよう』と言い、半ば無理矢理勝手に私が御幸との関係を終わらせたような形になった。それでも私には次があったから、毎日クラスに来てくれた御幸を『大学に向けて、勉強してるの』と言って来ないようにして必死で英語を勉強し、難なく卒業を迎えた。そして卒業式の次の日、日本を逃げるように飛び立った。

「だからもう、私は御幸とは会わないつもりだった。なのに、あんなところで会うし…狙ってたの?」

私が冗談のつもりで言えば、御幸は大真面目な顔をして『そうだって言ったらどうするよ?』なんて言う。…御幸の冗談は冗談に聞こえないから本当に性質が悪い。…本当なんじゃないかって、思ってしまうじゃないか。

「て言う訳で、私は…」

もう御幸に会うつもりはないよ。確かに私はそう言おうとしていた。けれども、

「結婚しよう」

御幸のその言葉に、言えなかった。―――今、奴は何て言った?

「…ねえ、ちゃんと聞いてた?今の話」
「聞いてたに決まってんだろ」
「私は―――」

御幸の隣にいる資格なんてない。自分勝手な私は、御幸のサポートをしてあげられない。プロ野球選手である彼の妨げになりかねない。それにそんな未来なんて、もともと期待なんてしていない。そんな未来、見えない。そんな私の気持ちを見透かしたかのように、御幸は言う。

「なあ、綾華…覚えてるか?」
「え…?」

「もしも。何億分の一の確立だけど、もしも万が一、どっちかが挫折してしまったら」

『覚えてないか?』と私に尋ねる。一瞬御幸の言葉が何を指しているのかがわからなかったが、それを聞いて思い出した。このフレーズは、あの約束の続きだ。…あれは、確か。

「成功した方が、拾う―――」
「だから、俺が綾華を拾ってやるよ」
「…っ、そんな子供の戯言、何で覚えてるのよ…っ」

私だって、今の今まで忘れてた。一緒に言ってたのに。その言葉を思い出せなかった。その言葉に勇気と希望をもらったのは、私なのに。どうして御幸は。

「俺はあの日からずっと、綾華との未来しか見てない。何が何でも、その選択肢しか選ばないぜ」
「…っバカじゃないの!?」
「綾華のことになると、俺も腑抜けなんだよ」

あっさりと肯定する御幸に、私は涙を流す。夜一人になれば思い出すのは、…御幸のことばかりだった。行かなきゃよかったと思ったこともあった。どうしてもこの想いは消えなかったから。

「綾華、好きだ。愛してる。だから、ふたりで未来作ろうぜ」

泣きながら頷く私は、涙で視界が覆われて。その時、御幸がどんな顔をしていたのかは知らないが、ゴツゴツとした男らしい掌が頭を撫でて。懐かしいその感覚に、また涙が流れる。

もう一度、描こう。
何度でも、描こう。

―――ふたりの未来

((end))
<斎藤さま主催企画・「結婚」提出作品>


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