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▼ 限界を告げる残酷な太陽

「ねえ、向井」
「何?」
「今日も私の邪魔するつもり?」


夜。
…と言っても、七時前。

お風呂に入る前に一汗掻こうと外周しようとすれば、いつものように校門の前にいる奴、向井。同じ中学だったというわけでもなければ、同じクラスになったというわけでもない。ただ何となく出会って、ただ何となく話すようになった。

まあ、彼のことはきっと、私は知っていただろう。彼は一年生ながらにして野球部のエースだ。今年の夏には甲子園にも導いた立役者だ。全国区の彼は、当然帝東でも一目を置かれ、校内でも人気になっている。まあ、それは恋愛という意味だけれど。


「俺も外周しようかなと思って」
「…わざわざこの時間選ばなくたっていいじゃない」
「まあいいじゃん。時間も道も、桐沢のものじゃないんだし」
「それはまあそうだけど…」


『ならいいだろ』と軽く走る前の準備体操を始める向井。それを横目に、私は水筒とタオルを校門のところに置いておく。ルームキーは首にかけて。私も向井同様に準備体操を軽くする。

正直に言えば、私は彼の名前は入学前から知っていた。

向井 太陽。
彼の名前が、好きだった。弟が野球をしていて、『向井 太陽ってすげーんだよ!』とよく聞いていたから、と言うのもあるが、たまたま陸上の試合会場が、高校野球の試合会場と被っていた時のこと。試合開始の前に少し野球でも見ようかな、と何の気なしに見に行ったときに、試合観戦していたのがこの、向井 太陽だった。

周りが『あれ、――シニアの向井じゃね?』と噂をしていたから彼が、向井だと気付いたのだ。『マジか、アイツ、帝東行くのかな』『じゃあ俺、帝東はやめとこ』『まあ強豪行ったら絶対一軍には入れねーよな』なんて話もしていて。向井 太陽は本当にすごい人だったんだと思い知った。野球観戦より、向井を見ていたと言っても過言ではない。


「…よし、そろそろ走るかな」


そう思って走り始めた。向井はと言えば、もう走り始めていたようで、後にも先にも姿は見えなかった。一人で黙々と走るのが好きだって言うのに、何で彼はいつもいつも私と同じ時間帯に走るのだろうか。少しは気を使ってくれてもいいのに。そう思いつつ、私は少しスピードを挙げて走っていく。

もう少ししたら、試合だ。絶対にこの試合で結果を残したい。そう言う焦りから、私はここのところずっと暇さえあれば走っている。仲間からも、『ちょっと走りすぎよ。大会前なのに怪我したらどうすんのよ』なんて言われているけれど、どうもその言葉が信用できずにいた。もしかしたら、私を蹴落とそうとして言っているのではないだろうか、なんて最悪な考えが私の頭を占めている。

…この時点でもう私の思考はもうやられているのだが。


「あれ、今何週目だっけ」


もう随分と走っている。そんなこと、走っている当の本人なんだから、理解できてる。でも、走んなきゃ。もっともっと。周りの練習量の倍は練習しなきゃ。こんな調子でずっと走っているのだ。いけないとはわかっているのだが、やめられない。


「おい、桐沢!」
「っ、わ!」


いきなり腕を掴まれて。私は体勢を崩しそうになったのを踏みとどまって。その腕を掴んでいる人の方を向く。すると、


「…向井…」


なぜか向井 太陽がいた。しかも、相当苛立だしいのか、眉間に皺を寄せていて。


「何やってんだよ!」
「何って…」
「焦って無闇に練習したって、何の意味も持たねえってこと、知ってんだろ!」


私に怒鳴る、向井。何でそんな必死に私に言うのかが理解できない。自分の中ではわかってた。メンタルが相当やられているということも、自分でちゃんと自覚している。わかってるんだ。けど、人に言われなかったから、気付いていないふりをしていた。無茶したって、何にもならないこと。ちゃんと知ってる。けど、何も知らないから言えるんだよ、そんなこと。推薦で来ている私は、結果を残さなきゃいけない。周りからの期待、重圧。全てを軽く流すことなんて私には到底できない。


「…っ放っておいて…」


私は、向井じゃない。向井みたいにそんな入部してすぐに結果を残せない。残さなきゃ、という気持ちが先走って。全てを投げ出したくても、投げだせなくて。嘆きたくても、嘆くことなんてできなくて。弱い姿の自分を見せるなんて、そんな格好悪いことできない。そんな変なプライドに支配されて。どうしようもできない私を、誰も救い出してくれる人なんていない。


「自分の限界は自分が一番分かってる」
「…っ分かってないだろ!」
「…っだとしても、向井には関係ないでしょ!?」


『だから放っておいて』心配してくれている人に向けて言う言葉じゃない。そんなこともちゃんとわかっているけれど、頭と気持ちは裏腹に、行動に伴わない。


「桐沢!」


この八つ当たりの意味が、嫉妬だということ。
私はちゃんと気付いている。


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