企画! | ナノ


▼ 当たり前の最終章

一月。
私たちは、もうあと何回かしかない登校日の一日を、学校に登校して来た。

『面倒くさいなあ』なんてことを言う人もいるけれど、私にとっても楽しみではない。どちらかと言えば、行きたくないなとも思ってしまう。だがそれは、登校拒否と言う意味ではなく、だんだんと学生である時間が削られてしまうからだ。いわゆる、現実逃避。そちらの意味だ。


「綾華!久しぶりだね!」
「美帆もね!Twi○terで見てるけど、いつもお疲れ様」
「ありがと」


教室で他愛もない話をして、一日が終わっていく。そんな日々を過ごしていた日々が、もうなくなっていってしまっているのだ。教室で過ごす、当たり前の日々が。それと同時に、


「綾華」


ガラリと音を立てて開く。そちらの方を向くと、いつになく険しい表情をしている元彼の姿があった。私は何も動揺などしていないかのように冷静に振る舞うように心掛ける。


「おはよう、哲也」
「…ちょっと出ろ」


そんなトーンの哲也を誰も見たことのないクラスメートたちは驚きの表情を浮かべていた。当然私も驚いている。私だって、初めて見るのだ。こんな哲也を。いつも菩薩のような彼しか見ていなかったから。私が何をやらかしたって、『何やってんだ』と。少し笑って見逃してくれて。そんな彼がこんなにあからさまに怒っている。何やってるの、とも言えずに、私はただニッコリと笑う。そんな私の態度に更に怒りを増す、哲也。

対照的な私たちに、友人たちは『ちょっと、綾華?』とこっそりと話しかける。私は友人たちにも話していないからだ。話が見えないのだろう。…けれどこれは、私だって譲るわけにはいかない。


「ちょっと行ってくるね。遅れたら先生には適当に何か言っておいて」
「うん…」


友人たちにそう言っておいて、私は哲也に腕を掴まれて連行される。私のクラスは一番端にあるため、この姿は、三年の全クラスの前を通るから、見られることになる。『え、あれ、結城くんと桐沢さんじゃない?』なんて声が交差する。そんな声にも反応せずに、ただただ、連行されていく。


「何だ、これは」


そう突きつけられたのは、携帯。その携帯に映し出されていたのは、昨日私が深夜に送ったメールだった。哲也なら絶対に寝ているであろう時間に、送り付けたものだった。


「…何をそんなに怒ってるの」
「怒るなと言う方が意味わからないが」
「そんなこと言われても、そのままの意味だよ」


『別れようって』と。淡々と私が言うものだから、哲也は怒りを隠せないのだろう。


「俺たちは一年の終わりから付き合ってきた」
「…そうだね」
「確かに俺は、野球ばかりで恋人らしいことなんてろくにしていない」
「…うん、そうだね」
「けど、こんな簡単に終わるような関係じゃないと思っている」


『それは、俺だけが思っていただけだったのか?』と、哲也が訴えかけるように私に言う。…そうだよ。簡単に終わるような関係じゃない。けれど、私たちは一緒にいるべきじゃない。


「哲也はそのまま東京に、私は京都に進学する。ちゃんと夢を持ってお互いに新しい環境に行くでしょ」
「…ああ」
「お互いがお互いの重荷にならないようにしたい。そう思ったの」


私のその言葉に、何を言っているのか理解し難い表情になる哲也。

ここまで感情を表に出すなんて、そんなに衝撃的だったのかな。それなら、嬉しい。けれど、それとこれと話が別だ。


「どんなところで、どんな表情をしてって。お互いの見えない場所で生活していくんだよ。だから、1から始めよう」


私が自信がないんだ。どうしようもない不安を抱えて、生活していくなんてそんなこと、私にはできないから。不安になって、生きていくなんてそんなの、無理だよ。だから、


「ごめん、―――私のために別れて欲しいの」


今までの全ての“当たり前”を手放すのなら、この愛さえも、手放していきたい。
そう思うのは、勝手すぎますか?

prev / next

[ back to top ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -