▼ 成宮鳴の突撃!隣の青道高校
甲子園で、東京と問われれば、まず第一に“稲城実業”と言われるほどまでに稲実の印象は大きいものになった。
夏を制するのは、稲実だろう。そう言われるほどにまでなったのだ。それはすごい腕を持つピッチャーがいたから、成し得たこと。そのことは俺も、認めざるを得ない。あの夏の敗戦は、青道高校野球部に置いて、絶対的エースの不在が大きかったと。
…なのだが。
「かーずーやー!」
「鳴?!」
ある日の放課後。
練習を終えてから来たのか、稲城実業の制服を着た、稲実野球部エースである成宮鳴が、青道高校に来ていた。勿論、青道高校野球部も、突然の稲実からの客に、戸惑いを隠せずにいた。『あれ、成宮鳴だろ?』『何でうちに来てるんだ』『偵察か?』などという声がひしめいていた。
「どうしたんだよ、鳴」
大きな声で、成宮に呼ばれた俺は気が気じゃなかった。何しにここに来たんだ、と真っ先に思ったのは言うまでもない。
「べっつに!俺が一也に用事があったわけじゃねーし!」
「はあ?」
「俺だってさ!来たくて来てんじゃねーし!」
『何が楽しくて青道に来なきゃいけねえんだよ!』なんて言う、都のプリンス様に俺は、じゃあ一体何しに来たんだ、と思いきや、
「ほら!綾華!」
と後ろにいる小さい、同い年ぐらいの女の子が俺の前に促された。
「わっ!?」
「綾華が言い出したんだろ?!『一也に会わせろ!』って!」
「言ったけど!」
いろんな意味で小さいコンビが、目の前でケンカを始め出した。何となくだが、俺には見え見えだった。彼女、綾華が鳴の彼女で、その彼女が御幸に会いたいと言って嫌々ながらに鳴が彼女をここに連れて来たということも。ケンカか、何らかのことから、彼女が『ただ投げてるだけの鳴なんかより、御幸さんの方がすごいよ!』と鳴を煽ることを言ったのだろう。
俺が、『初めまして。御幸です』と言えば、鳴が『綾華に色目使うな!』と騒いでいて。方やその横で呑気に鳴の彼女は『うわっ!本物だー…凄い!』とテンションが上がっていた。その様子を冷や冷やしながら横目で見ている鳴に俺はウケながら、彼女の話を聞く態勢に入る。
「私、兄や鳴がずっと御幸さんの話をしているから、気になってて」
「…兄?」
「はい。原田綾華って言います」
何と衝撃的な事実。
こんなに線の細い彼女が、原田さんの妹だったとは。あのゴツい捕手の原田さんからはかけ離れすぎている。だが、それよりも。
「…よく許してもらえたな」
と鳴に御幸が言えば、不機嫌そうに彼女に『もうこれでいいでしょ!』と言う。そして一人でさっさと校門の方に歩いて行く。何事だったんだ?と思っていれば、
「すみません。ケンカに巻きこんでしまって」
話を聞いてみれば、やはり痴話喧嘩に俺が挟まれただけだった。何の気なしに、『雅兄があんなに言うぐらいすごい人なら、見てみたいな。御幸さん』と。この一言で、こんな大事態になってしまったんだと彼女は言う。
「何がともあれ、自主練習中にこんなつまらないことでお邪魔して、すみません」
と深々と謝る彼女に、『いや。俺も珍しい鳴を見られて楽しかったし、気にしなくていいよ』と笑って言った。そしてもう一度深くお辞儀をし、彼女は鳴の元に走って行った。
彼女が原田さんの妹だということにも驚いた。だがしかし、それよりももっと驚いたのは、あの自己中心的で、本気の我儘王子の鳴が、原田さんの妹に手を出すなんてな。あの人のことだから、そう簡単にこんな可愛い妹を、自分が女房役しているからといって、簡単に許すとは思えない。
ま、他人の色恋話を深く考えるべきじゃないか。
そしてあのワガママ王子も普通に恋する人間だったということか。
俺は不敵に笑って、その王子と彼女が校門を出る所を静かに見守った。
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