▼ 見栄を張るのも男の値打ち
寮生活していた俺は当然のことながら、誕生日なんて存在はあってないもの…というか、忘れていた。高校生だから親に欲しいものを強請るような歳でもないし、そんな暇はないから、存在自体も忘れていた。けど、
『誕生日おめでとう、御幸』
高校1年のとき同じクラスで隣になって、話すようになって、綾華とつるむようになって、それからずっと綾華が忘れずにプレゼントとこの言葉を、まぶしいぐらいの笑顔で俺にくれた。それがどんなに嬉しかったか、綾華はきっと知らないだろう。
そしてそれから5年後。
俺は高校卒業後、すぐにプロ入りした。つまり、プロ5年目を迎えたのだ。一方綾華はというと、大学に進学して去年卒業し、社会人1年目だ。慣れるのにいっぱいいっぱいな彼女と、俺はシーズン中だったりで、連絡はなかなか取れない。たまに電話をしてみれば、どちらかは留守電なんてことも常だ。しかし今日は、
「綾華」
久しぶりに綾華と会う約束をした。10月半ば。バリバリシーズン中だが、監督の意味深な何らかの理由で急にオフになったことから始まった。そして綾華に会えねえかとダメ元で電話してみれば、一発で繋がるという奇跡。更に、たまたま綾華もその日は午後から有給を取っていたみたいで、二人で『ラッキーだね』と話をしていた。
都内の駅で待ち合わせをして待っていれば、俺を探しているのだろう、キョロキョロしながら駅を歩いている綾華がいて。最後に会った時には髪はボブショートだったはず。元々髪質も良いし、ストレートな彼女は綺麗に背中付近まで伸ばしていた。さらに、服装も大人っぽくなっている。顔立ちも化粧をしているせいか、余計にそう思わせる。
でも俺を見つけるなり、『一也!』とあの頃と同じ笑顔でこちらに駆けてきた。その姿を見て、安心した。正直、綾華の変わりように焦ったからだ。
「ごめんね、ちょっと遅くなっちゃった」
「全然。それより、久しぶりだな、綾華」
「本当だね。でも私は何だか久しぶりって感じじゃないな、毎日会ってる気分だよ」
『テレビの前でだけどね』と笑う彼女に、俺も笑う。彼女の隣にいれば、自然と笑みも零れてくる。愛しい愛しい彼女が隣にいるだけで、こんなにも心が満たされている。俺は、彼女の手をそっと取る。すると嬉しそうに、恥ずかしそうに彼女も握り返してきて。
「…何だか、久しぶりだから慣れないよ。変な汗掻いてきちゃう」
「ははっ、掻け掻け!」
「女の子にそういうこと言う?!」
「はっはっはっ」
それから個室のあるカフェに入り、会えなかった今までを埋めるかのようにいろんなことを話した。ミスばっかりするんだ、とか、同僚の子とよくこのお店行くんだよとか。そんな他愛もないことだけど、有意義な時間だ。『君の全てを知りたい』そう言ったら、君はどう思うのだろうか。
「よく今日オフだったね。シーズン真っ盛りなのに」
「『今日は練習室を午後7時まで全て閉める』って。何か、“監督の粋な計らい”らしいぜ?」
「休暇も必要って意味なのかな」
『片岡監督と違って、何考えてるか分かんねえからな』と言えば、綾華は『ま、それぐらいじゃないとプロじゃやっていけないんだよね』と一人頷き、納得していた。正直、綾華は“プロ”をよく知らない。高校時代、進路を決めるときも、『へえ、プロ!プロ行ったらお金もらえるんだよね!いいじゃん、大学行って野球したってお金もらえないんだし!』なんて満面の笑みで言ったぐらいだ。…ぶっちゃけ、それだから気が楽なんだけど。自分を着飾らなくてもいい。だから、こんなことを考えてしまうんだろうな。
…―――これから先も。
「綾華」
「うん?」
「これ、少し早いけど」
誕生日プレゼントだと渡すと、期待してなかったのにと彼女は言いながら、『ありがとう』と彼女は笑う。開けてもいい?と問われ、勿論と答えれば、彼女は『何だろう』と言いながら。そして、辿りついた。そしてその中を見た瞬間に、
「…え」
固まる彼女。いい反応。そう思いながら、俺はポーカーフェイスを保って、笑う。すると、彼女が俺のほうを見る。
「そういうこと」
「そ、ういうこと…って…私、いいように勘違いしちゃうよ」
「するように言ってんだから、当たり前だろ?…俺と、結婚しよう」
そう言った瞬間に、彼女は瞳から涙を零す。元々そろそろ、とは思っていたから、半日オフの時とかに暇あれば見に行っていた。…用意しておいてよかったと思ったのは言うまでもない。
『寂しいとか、そういったことは思っていたとしても言わない。』
それが、知らず知らずのうちにお互いの中で暗黙の了解となってしまっていて。俺的には、ちゃんと寂しかったら『寂しい』と素直に言ってほしいのだが、言わせたとしても、すぐに家まで行ってやれることもできねえし、どうしようもない。
こういうネックレスや指輪などの貴金属は、よく独占欲の表れだと言われるが、俺は全くないとは言わない。けど、…少しでも綾華にとっての、支えになればと思ったんだ。
「俺の誕生日」
「…え」
「綾華の誕生日は過ぎたから、俺の誕生日にさ」
『入籍しよう』と。そう言えば、彼女は嬉しそうに頷いた。それを見て、俺もやっと安心した。彼女が断るだなんて思ってはいなかったが、“もしも”を考えてしまうと、柄にもなく怖かった。倉持なんかに言えば、爆笑するんだろうな。
彼女が記念日とかそういうのをあまり気にしないタイプだから、多分嫌がらないとは思うが、男の方の誕生日の日に結婚するだなんてなかなか聞かない。けど、早く結婚してえからさ。『これでシーズンとか関係なく、一緒にいられるね』と可愛いことを言って笑う彼女を、俺は本気で幸せにしたいと思った。
((end))
<はらぺこさま主催企画『みゆたん』提出作品>
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