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▼ メディカル・ロジカル・ロマンス

「倉持さん、倉持洋一さん」
「はい」


本戦が始まって、二日。相手選手とぶつかったときに足を捻った。そして病院に来ているのだが、憂鬱でならねえ。何せ俺は、


「本日はどうされましたか」
「今日――」


病院が嫌いだからだ。

診察を終え、レントゲンを撮った結果、骨に異常はないし、運よくあまり腫れてもいないから、一週間ほど見て大丈夫だったら何ら支障はないだろうという診断を貰えた。それには安心したのだが、あのレントゲン室が怖えんだよ!なんて思いながらも、診察台と処方箋を待ち合いで待っていた。

すると、『あれ、もしかして倉持くんじゃない?』という声がした。声のした方を向くと、


「綾華さんじゃないっすか!」


見覚えのある人を見かけた。白衣を着て、桐沢綾華と書かれてあるネームプレートを首から下げ、まさに医師、と言うような感じだった。彼女は小、中と同じ学校だった連れの姉で、よく遊びに行くと『いらっしゃい、ゆっくりして行ってね』と、お菓子やジュースを持って来てくれて、声を掛けてくれる優しい人だった。加えて、頭も良かったらしく、よくその連れは『頭がいい姉貴を持つと大変だよ』と言っていた。そのせいか、グレてしまってよく一緒にヤンチャ騒ぎを起こしたものだ。まあ、グレると言っても、両親と先生にだけだったらしいが。

この綾華さんの性格だから、その弟も『姉貴は良い奴だし、姉貴が悪いわけじゃないから』と若干シスコン気味だったのを覚えている。本当に綾華さんは良い人で、東京の方に進学したというのも風の噂で聞いてはいたが。まさかこんな所で会うとは思わなかった。


「まさかこんな所で会うなんて。びっくりしたよ」
「ほんとっすよ。綾華さんはここに就職されたんすか?」
「ううん、今はインターン中なの。で、今から休憩だからご飯買いに行こうかなって思ってたところで」
「なら一緒に食いませんか?時間があるなら」
「いいね!行こ行こ!じゃあそこの定食屋行こっか」


何ていいタイミングなんだ。
丁度呼ばれ、処方箋ももらい、一緒にその定食屋に向かった。


「倉持くん、青道行ってるんだ!」
「はい」
「弟から『洋一がやらかしたんだ』っていうのは聞いてたんだけど、その先を教えてくれなくってね。そうか…よかった」


アイツ、面白がってそう言う所だけは言って、肝心なカッコいい部分は言ってねえのかよ、相変わらずだなと思いながら、高校生活について話す。寮でこうなんだ、とかああなんだ、とか。俺の話ばかりを聞いて相槌を打ってくれる、綾華さん。

大人っぽくなっているし、化粧をしているものの、面影がある。久しぶりの綾華さんに緊張してしまい、思うように喉が通らなかったのは言うまでもない。すると突然、綾華さんの携帯が鳴った。『ちょっとごめんね』と申し訳なさそうに言って出ると、


「はい、――え、ありがとうございます!はい、すいません。失礼します」


と言って、切った。


「倉持くんと一緒にいるところを見た先輩が、30分大目に見てやるって。よかった、話し足りないもんね、一時間じゃ」


と可愛らしい、と言うのには程遠い、綺麗な笑い顔を惜しげもなく俺に見せて笑う、彼女。万人受けするような彼女のこの性格は本当に羨ましいと思う。それと同時に、忘れていた感情が起きてくるような。そんな感覚があった。


「綾華さんはどうなんすか?」
「私?毎日が戦いと勉強だね。けど、倉持くんと一緒で充実してるよ」


『好きなことができるのが、一番幸せだもんね』と言う。ああ本当にそうだな、と思った。今、もしも。もしも、あのまま高島先生に拾われず、野球ができなくなっていたら。そう考えても、思いつかない。


「…よかった、本当。倉持くんに会えて」


と彼女は笑う。そこにどういう意味があるのか、俺には理解できなかった。


「実はね、私、二週間後デンマークに行くんだ」
「え…」
「医療を、学びに」


『だから最後に会えてよかったよ』と言う綾華さん。いつも。いつもそうだった。彼女はいつも俺の前にいて、先先歩いていく。俺はいつも、彼女の背中を探すばかりで。

これが恋だという事を気付かせてくれないまま、いつも。
いつでも。

俺の前から消えていく。追い付けば、いつだって。


「綾華さん」
「うん?」
「…俺、」


―――後悔しないうちに、この思いに決着を着ける。



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