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▼ 記念日に喧嘩、上等です

今日という今日は、許してなんかやらない。
あたしはその勢いだった。



「もういい加減にしてよ!」


だからこその、この言葉だったのかもしれない。あたしは裏庭で彼氏である光一郎にこんな言葉を吐いていた。止めよう、止めようと思っても、溜まりに溜まったこの怒りは、そう簡単に止めることなんて出来やしなかった。


「野球野球って、そんなに野球しか興味ないなら、野球と付き合えばいいじゃん!」


『光一郎のバカ!』とそう吐き捨てて、あたしはその場を後にした。ああ、もう。こんなつもりじゃなかったのに。

事を振り返れば、『部活の前に少しだけ会えない?』と言うあたしの言葉がキッカケだった。今日は、付き合って半年の記念日だった。一か月、二カ月とかそういうのはきっと嫌がるだろうからと思って、あたしなりに気を使って、待って待ってようやく祝えると思ったからこそ、数日前から頑張って用意していた。

なのにだ。光一郎は記念日だと言うことも忘れて、挙句の果てには何でこんなことをしているんだというような口振りだった。

そりゃ、私たちは受験生だよ。夏休みが来ようか、なんていう時期だ。天下分け目の夏休みだ。夏休みにどれだけ差をつけれるかで勝負が決まると言っても過言ではないと言うことだってわかってる。こんなお菓子作って、記念日を祝おうなんてことをしている暇はもうない。

でも、それでも三年間、学校生活もろくに送らず、毎日毎日野球にばっかり打ちこんで、本気で甲子園を狙っている光一郎を知っているから。だからこそ、一緒にどこか行こう、なんてことは望んではいなかったし、そうしようとも言わなかった。

あたしだって受験生でほぼ毎日塾に行っていたし、お互い様だということも分かっているからこそ、記念日だからって言うことも、言わなかった。なのに、こんな風に言われるだなんて、もう、堪忍袋の緒が切れた。

家に帰って、あたしは制服から部屋着に着替えると言うこともせずにベッドに直行。ひたすら泣いて、寝た。



「……っ何、もう」


寝ていれば、ブーブー室内に響き渡る。マナーモードを解除するのを忘れていた携帯が、鳴っていたのだ。どうせアパレルブランドのメルマガか何かだろう、と思いあたしは再び寝る態勢に入っていた。けれども、鳴り止む気配がしない。あたしは重い体を起こして、ディスプレイも見ずに、


「……っ、はい!?」


と半ギレ気味に出ると、


≪何で電話に出ないんだ!≫


と相手にもキレられて。それに対してキレなかったのは、驚きのあまり、声が出なかったからだ。相手が誰だかは分かっている。分かっているけれど、驚きを隠せなかった。だって、


≪心配、…っしたんだからな!≫


―――光一郎だったから。光一郎と喧嘩したこともなければ、こうして声を荒げる所も見たことないし、聞いたこともなかったから。あたしは驚いて、声が出なかったのだ。


「…っごめん、」
≪…いや、謝るのは俺の方だ≫
「…っ何で、」
≪御幸に…後輩に言われた≫


光一郎の口から出たのは、正直意外だった。



『あー…見るつもりはなかったんですけど…』
『…』
『けど丹波さん。このままだったら彼女さん、丹波さんから離れていきますよ』
『…は?』
『何を勘違いしているのか知りませんけど、何も言わなくてもわかってくれる、理解してくれるなんて都合のいい女はいないんですからね』



御幸という名前は聞いたことがある。聞いたことがあると言うか、かなり有名だ。正捕手だったクリスくんが怪我で戦線離脱してから、一年生が正捕手になったと言う噂は有名だった。そしてまた彼はイケメンという部類の人だから、女の子からの人気が凄かった。今ではもう青道高校野球部の主力選手、中心メンバーとして光一郎ともバッテリーを組んでるらしいけど、あんまり噛み合ってないっていうのは人伝いに聞いた。


≪俺は、後輩に言ってもらって初めて気付くような男だ。…そんな男、綾華は嫌だよな…≫
「…っ何言ってるの?!バカじゃないの!」


光一郎のこういうところが有り得なかった。自信は全くなくって、寧ろ卑下するようなことばかり言う。もう少し、自意識過剰になればいいのに。ずっと思っていたことだった。けど、


「あたしはそういう光一郎が好きになったの!言わせんな、バカヤロー!」


また再び光一郎に怒鳴る。ああ、もう。やっぱりあたしは、


≪…っ好きだ、綾華。だからもう一度、やり直してくれ。……一緒に≫
「…っ当たり前じゃない。あたしを誰だと思ってるの?」


この不器用で優しい光一郎が好きなんだ。




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