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▼ ハニーダウナー

「今俺、インコースに投げろって指示したよな」
「言ったけどさあ、一也…」
「指示が聞けねえんだったら降りろ」


ブツブツ文句を言う鳴を視界の端に入れつつも、このイライラが収まることはない。この苛立ちの原因が、鳴のプレーに対してではないということにはもう既に自分でも気付いていた。気付いているはずなのに現在進行形で、不機嫌極まりない。

シーズン直前の一カ月二カ月前はどうしても、合宿だの何だので家に帰ることができない。それは仕方ないとわかっている。が、しかし、シーズンも無事に終わり通常練習にも関わらず、こうして合宿状態が持続中。何でも年末年始の番組企画で、因縁の仲である野球チームと試合するんだとか。確かにそのチームには、丹波さんやカルロス、真田など、あの甲子園を目指して戦った仲間がいる。しかも主戦力にだ。楽しみじゃないはずがない。しかし、それに監督が闘志を燃やしていて、その試合の日までこの状態が続くらしいことは目に見えていた。

不満が募らねえわけがねえ。こっちは新婚で、籍を入れただけでまだ結婚式も挙げてねえんだ。シーズンが終わったら、ハワイで挙式を上げる予定だった。なのに、コレだ。いい加減家に帰してくれ。

「あー…っくそ」

頭を掻いたとしても、どうこうなるものじゃない。
そんなことはわかっている。
例え家に帰れたとしても練習で遅くなり、日付を跨ぐことなんて常。夜は遅く朝は早い。愛する妻は、いつも眠りの中だ。話すこともなければ、一緒に食事をすることだってあまりない。しかし、一緒に寝ることはできた。アドレナリンが出ててなかなか寝ることができそうにねえ時でも、綾華を抱き締めていれば自然と寝ることができるって言うのに、今じゃ睡眠不足だ。
このチームに沢村がいることで、オフだろうが休憩だろうが、常にブルペンで受けさせられて無駄にアドレナリン出させられるしよ。

帰ることもできねえ、綾華を見ることもできねえ。
ストレスでどうにかなりそうだ。

そんな矢先、監督から呼び出された。呼び出された先は球団専用の応接室で、不思議だと思っていた。

「御幸」
「はい」
「何で呼ばれたかわかっているか」
「…大体は」

凄い視線で睨まれながら言われる。ヤベ、一軍落ちさせられるか?覚悟をしようとした時、『監督。御幸選手の奥様がいらっしゃいました』と言う声がした。今、御幸って言ったか?俺は一瞬空耳かと思った。すると、

「あのっ…主人が何か…」

慌てた姿の愛する綾華だった。一カ月…いや、約二カ月ぶりの綾華だった。俺は監督の前だと言うのにもかかわらず、綾華を抱き締めた。『ちょっ…一也?!』と慌てる綾華。

監督は、『主戦力のお前を家に帰すことはできないが、ここで四時間。四時間だけ許す』と言って、出て行く。やっぱり監督は、俺を見ていたんだ。

「一也、何したの?」
「…俺寝不足でさ、ちょっと寝かせて」
「え?ええ?ちょっと、一也ったら」

どう言われて呼び出されたかは知らないが、戸惑っている綾華の姿も可愛いと思いながら、綾華の膝枕で眠りに落ちる。これで目覚めたときにも、綾華がいる。こんな幸せをたった数時間だけど味わうんだ。きっと、今まで以上のプレーができると思う。

「…一也、好きだよ」

綾華の優しい声と共に、髪を撫でる優しい手のひら。ふわりと香る、綾華の匂い。

ああ、…これだ。
これだよ、俺の鎮静剤は。


((end))
<斎藤さま主催企画『ぼくの愛しいひと』提出作品>




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