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▼ 最悪なタイミングと誤解

――最悪だ。
一言で言えばそう。タイミングが悪すぎた。何だって、――川上くんと抱き合ってるところを見られたんだから。

「あ―…ごめん」
「御幸!?」
「ちょっ、一也?!」

何の用事があったのかは知らないが、この教室に来ると言うのならきっと川上くんに用事があったんだ。なのに、私と誰もいない教室で川上くんが抱き合ってたから。御幸くんは私たちを視界に入れてその場から立ち去る。さすが野球部というところか、一也は歩くのも早くって。

「ちょっと待ってよ、一也!」
「着いて来んな」
「ねえ、話を聞いて…っ!」
「俺には話すことなんかねえよ」
「私にはあるの!」

抱き合ってたから怒ってるの?いつもの一也ならきっと。きっと、まず話を聞いてくれるはず。…何で、何をそんなに怒ってるのかがわからない。私何かした?考えても考えても答えには辿り着かないし、意味がわからないし。なんで私ばっかりが追わなきゃいけないの?やっぱり一也にとって私ってそんなもの?いろんなことを考えてたら、もうどうでもよくなっちゃって。早歩きしていた足を止めた。

「…バッカみたい」

一也とは倦怠期と言うのだろうか、最近あんまりうまくいってなかった。一也だって部長、捕手、四番を任されているんだ。部活で大変なこともわかってる。だから付き合った当初からデートとかそういうのを望まなかった。それが目的で付き合ってるわけじゃなかったから。一也が好きだから、支えてあげたい。そう思って、毎日少しだけでいいから、話すだけでいいって。最低限のことだけを望んでた。
けど最近は、連絡だって我慢したし、会いに行ってもスコアブック見てたり、寝てたりしてたら声掛けないようにだってした。一也のファンクラブに私は睨まれているから、試合にも行けてなかった。だから、一也と付き合っても、我慢ばっかりしてた。

「…っもう、嫌だ…っ!」

私、何してるんだろ…。そう思ったら、涙が落ちてきて。もう、我慢の限界だった。何をしても空回りで、うまくいかなくって。私はその場に座り込んで、泣いた。大好きな人と、一緒にいたい。ただそれだけだったのに、どうしてこんなことになったのだろう。すると、俯いていてわからなかったけれど、影があって。顔を上げれば、

「…何泣いてんだよ、綾華」

怒りたいのに、私が泣いてるから困ったような、そんな表情で私を見下ろす一也の姿があった。何で。何で、ここに戻ってきてるの。さっさと行ってたじゃない。何で戻ってくるのよ。

「…っもう、放っておいてよ!」
「綾華、」
「お願いだから、もう、辛い…っ辛いの!」
「…何でだよ、そんなに――」

『何しても一也の邪魔になるだけだから辛い』と。そうはっきり言ってやった。私が気を利かせてしたことでも空回りばかりして、一也が私のせいで練習が身に入らないことにでもなったら。私はそれが怖い。私は甘かったみたい。こんなすごい人と私なんかが、付き合うなんて間違いだったんだよ。付き合う資格なんてなかったんだよ。

「なあ、綾華。ちょっとこっち向けよ」
「…いや」
「嫌じゃない、こっち向けって」
「早く向こう行ってよ…!」

別れるだけなんだから、早く。早くもう、どっか行ってよ。名前だって呼ばないでよ。そうやって、私を追いかけてこないでよ。俯いていた私はサッと立ち上がり、早歩きで廊下を歩く。でも、私の早歩きは一也にとっては違うから。だから、

「離して…っ」
「綾華」
「離してよ…っ!」

抵抗も虚しく、抱き締められて。身動き取れなくて。強く強く、腕を回されていたから、外すこともできなくて、抵抗もできなかった。

「私は…っ」
「綾華がノリを好きでも、俺は離さねぇ」
「…っ?!」
「俺はお前から離れねえ」

『それくらい、俺はお前が好きなんだよ』と言って、更にキツくキツく私を抱き締める。何を言ってんの。怒ってたんじゃないの?私は川上くんと抱き合ってたんだよ?何でそんなことが言えるの。
…それでも私は嬉しくって仕方ない。なんて現金な奴なんだろうって思うかもしれないけれど、どうしようもなく嬉しいんだ。まだ一也が私を想ってくれてるってことが。

「…一也は何にもわかってない」
「…かもな。最近の綾華のことは全然わかんね」
「会いに行っても軽くスルーだし、倉持くんといちゃいちゃしても無反応だし、川上くんとは、文化祭の劇の練習してただけなのに勘違いして怒ってどっか行っちゃうし」
「…うわ、マジか」

「…っ私は、一也しか見てないのに、一也だけが好きみたいな…っ一也みたいに野球と私を二股みたいなことしてないのに…っこんなに私は一也が好きなのに!」


恥ずかしそうに頭を掻く一也にそう言ってやったら、ポカンとした表情で私を見る。してやったり。私は『一也なんて野球と結婚してしまえ!』と言い放って、逃げてやった。後方から私の名前を呼ぶ一也なんてもう知らない。今度は一也が私を追いかければいいんだ。
…答えが見えてるんだから、追いかけたって簡単でしょ?

最悪なタイミングだったけど、気持ちが知れてよかったと思ったのは私だけ…じゃないはず。


((end))
<まみゅうさま主催企画『ドキリとした瞬間』提出作品>




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