バルーンフラワーを貴女に

大人になったら憧れの王子様が迎えに来てくれると思っていた。だけど、それは夢幻で結局は王子様なんて存在もしないしいない事も知った。

「夏希ーっ、朝よ!起きなさーい」

下からはお母さんの声が聞こえてまた布団を被った。お兄ちゃん達が家を出てから数年経ってこの広い家には私とお母さんとお父さん3人になった、寂しくないといえば嘘になるけれどお兄ちゃん達が夢を見つけれたことは応援したい気持ちでいっぱいである。

「夏希っ!起きないと母さんが困るだろ!」

「九にぃ…お布団剥ぎ取らないで…寒いよ」

「母さんが起こして来いって言うから」

「起こし方が酷いよ…」

「ぶつくさ言ってないで起きて着替えて降りてこい。朝メシ出来てんぞ」

家は静かだった筈なのに騒がしい。そういえば、お兄ちゃん達は帰省しているんだった…忘れてた。確か劇団の危機だとか何とかって聞いたけどお兄ちゃん達の顔を見たら危機なんかじゃなくて、きっと準備期間なんだろうなって思った。

「おはよう…」

「おはようじゃないわよ…連休だからって夜更かししたんでしょう?」

「んー、うん」

「夏希ちゃん、おはよう」

「椋にぃ…おはよう…」

「おはよう、まだ眠そうだね?」

「んあっ!?椋にぃ!?なんでいるの!?」

「はぁ…まったくもう!あれほど人の話を聞きなさいって言ってるのに…椋君のママ達旅行行ってるのだから暫く椋君うちに寝泊まりするのよ、一昨日ちゃんと言ったわよ?」

「あぁ…聞いた覚えあるかも」

「夏希ちゃん1週間よろしくね」

爽やかにニコリと笑った。椋にぃは相変わらずカッコイイし、紳士的で王子様だ。昔から何も変わってない…足が早くて、優しくて、かっこいい。

私の憧れなのだ。

「で?なんで俺が毎回椋さんかっこいいって話を聞かなきゃなんねぇの?」

「莇くらいしかいないもん」

「あっそう。じゃあ、プリンセスになれば椋さんも迎えに来てくれるんじゃねぇーの?」

「絶対相手にされないよ」

「やってみなきゃわかんねぇーだろ」

同い年で同じクラスの莇は最初はもうめちゃめちゃ怖かった。絶対関わることなんてないって決めてたはずだったのに九にぃのせいでぶち壊されることになる。話してみると案外怖くなくて実はぶっきらぼうなだけですごく優しかったのだ。

こんな私の相談もなんだかんだ聞いてくれる優しい人なのだ。そして、何故か家に九にぃと十にぃそれに莇…そして1番楽しそうな幸ねぇまでいるではないか…なんでも椋にぃの誕生日にデートの約束をしてくれたらしい。

「俺が夏希に似合う1番のコーディネート考えてきたんだからさっさっと告白しなよ」

「幸と莇に頼んだら上手くいく」

「オレは兄ちゃんに全部相談しといた!」

莇が九にぃに相談して、九にぃが十にぃに相談、そして十にぃが幸と莇に相談し結果こうなったのだ。だけどMANKAIカンパニー専属衣装係とメイク係の手にかかれば私を見事漫画の主人公如く可愛く綺麗に仕上げてくれる。

「これで、失敗したらオレは許さないからね」

「じゃあ、オレは帰るから」

2人に背中を押され笑顔でありがとうと言えばムカつくだの、なんだの言われるのでそそくさと家を出て待ち合わせの場所に向かう。歩きなれていない少しヒールのある靴…なんだか背伸びしているみたいで背筋がぴんっとなる。

「夏希ちゃーん!」

「椋にぃ!ご、ごめんね待たせちゃって」

「んーん!僕が待たせたくなかっただけだから気にしないで、ワンピースもメイクも凄く似合ってる可愛いね」

「あ、あ、ありがとう…」

「うん、どこ行こうか?確か、少女漫画見たいんだよね?」

「う、うん」

本当に漫画に出てくる王子様みたいに私をエスコートしてくれる椋にぃは優しい笑顔で楽しそうに笑ってくれる。あぁ、やっぱり椋にぃは私の王子様だ。

「椋にぃ…今日は本当にありがとう…あと、少し早いけど…お誕生日おめでとう」

「わぁ、ありがとう!嬉しい…大事にするね」

「あ、あのね、椋にぃ…その、」

「ん?どうしたの?」

「私、あの、椋にぃが好き、大好きなの」

お兄ちゃん達がくれた髪飾りを付けて、綺麗に髪もセットしてもらった。莇からは慣れてないメイクもしてもらった、幸ねぇからは素敵なコーディネートをしてもらった。だから、大丈夫。手に力が入って上手く声が出せなくて震える。

「ご、めん…その」

ごめん、3文字の言葉が頭を支配してその場にいれなくなって気付けば走って逃げ出してた。怖かった、だけどどこかで分かってた私は、まだまだ子供でどんどん先に行ってしまう椋にぃに追いつきたくて離れていって欲しくなくて無意識に縛りつけようとしてしまっていたのかもしれない。

「いっ…」

履きなれてないヒールで走ったせいで派手に転んで道行く人に笑われる。悲しい、怖い、どうしようと…このままの関係じゃいられなくなってしまうことに今更気付いて泣くことしか出来ない。

「はあっ、はぁっ、やっと見つけた」

「椋にぃ…なんで、いるの?」

「当たり前でしょう?女の子ほって帰るわけにはいかないでしょう?ごめんね、傷つけて」

「優しくしないで、惨めになるだけだよ!」

怒鳴った私にびっくりした椋にぃは困ったように笑って、持っていたハンカチで私の涙を拭いて、擦りむいた膝を優しく手当する。

「なんで、優しくするの?」

「ごめん、とは言ったけど僕は好きじゃないって言ってないよ?それに、勘違いさせてしまってごめんね…」

「違う!そうじゃないの!私が勝手に椋にぃの優しさに勘違いしただけ!」

「僕も夏希ちゃんが好きだよ。もちろん家族として、友達として、そして女の子として。さっきは勘違いさせてしまってごめんね、急だったから驚いてビックリしたんだ」

「なんの取り柄もないけど、僕を好きになってくれてありがとう。僕でも良ければ夏希ちゃんとお付き合いしたいと思ってるよ」

そう言われて涙は止まってたはずなのに涙が溢れ出て思わず椋にぃに抱きついた。椋にぃは優しく笑って泣かせたくないんだけどなぁと笑った。


「椋って本当に王子様だ」

「はぁ、メルヘン坊ちゃんだと思ってたのにやるね」

「これで開放される…」

「解放?開放されると思ってる?次は惚気自慢に決まってるじゃん、がんばれ莇」

「えぇ…マジかよ…勘弁してくれ」

「夏希が幸せそうでよかった…」

「無事にめでたしめでたしってなったわけだし、帰ろっか。からかってやろう」

バルーンフラワーを貴女に
向坂椋 2021.08.30 Happy birthday!

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