一人芝居
「おい、邪魔するぞ」
「あ、おはようございます。お久しぶりですね、雄三さん」
「おお、久々だな。秋組始動したらしいな?お前も一緒に稽古場いくか?」
「はい!」
雄三さんと一緒に稽古場まで向かう、なんだか雄三さんはいつもより嬉しそうだ。もしかして、左京さんがいたりするから…?どうなんだろうか、分からないけど楽しそうで何よりである。
「それじゃあ、今日の稽古は第2幕から」
「よう、調子はどうだ?」
「あ、雄三さん!?」
「……ちっ…夏希ッ…」
「おお、松川から聞いていたが、本当にいやがる。久しぶりだな、左京の坊主」
「ぼ…坊主…左京さんが…」
「ヤクザッスかね」
「左京さんの兄貴分かな」
「夏希、なんでこれを呼んだ」
私じゃなく支配人が呼んだと言って事なきを得る。まぁでも春夏組の稽古も見てもらっている訳だしきっと雄三さんの事だ秋組も面倒を見てくれる、という粋な計らいなのだろう。
「いいじゃねぇか。春夏面倒見てきたんだ、次いでに秋組も見てやるよ」
「ちっ」
嫌そうな顔で舌打ちする左京さんはなんだか、いつもの左京さんじゃなくって見慣れないのでちょっと新鮮だ。いつもだと年長者だからっていうのもあるかもしれないけど…
「それじゃ、みんな冒頭から通しでやってみて」
皆それぞれが演じて行くのをいづみさん、雄三さん、私と見させてもらう。日に日に舞台が出来上がっていくこの感じが好きだ。
「…ふむ、言いてぇことは色々あるが…まず、お前らの芝居にはお前ら自身がこれっぽっちも出てねぇ。芝居の技術以前の問題だな。夏組の芝居みてぇに出過ぎちまってるのもある意味問題だか、お前らの場合は出なさすぎだ…偽りの人間にウソの役塗り重ねても薄っぺらいだけだろ?生の人間がつくウソだから、芝居はおもしれぇんだ」
「薄っぺらい…」
「ウソ…ッスか」
「せっかく当て書きの脚本なんだ、もっと芝居の中で自分をさらけ出せ」
「意識を変えさせたらいいんでしょうか?」
「そうだな…あんま時間もねぇし、さっさっと実践させた方がいいだろう」
ウソ、偽り…生身の人間がする面白さ…私にはよく分からないけど雄三さんがそう言うと言う事はきっと合ってる。
「実践って…」
「秘策がある、ポートレイトだ」
あまり聞きなれない言葉に皆が分かっていないようだった。確かにポートレイトってあまり気ない言葉だけれど、役者なら聞き馴染みがある…生き写し…のようなものだ。
「駆け出しの役者共に役者としての自分をさらけ出させるためによくやる手法でな。自分の半生をテーマにひとりしばいの自伝劇を書いて、構成から演出まで全部1人でこなす。時間はきっちり5分、ちなみにこれは本番まで各自1人で考え抜いてら練習しろ。他人のを見たら引きずられるからな」
「本番ってことは、発表するんスか?」
「おう、お前らには、俺の面倒みてる劇団の前座として客の前でポートレイトを披露してもらう」
「自伝を披露って結構恥ずかしいな…」
「……相変わらず嫌な事を考えやがる」
「なんか、言ったか?」
「30歳過ぎた野郎の自伝劇なんて、誰も見たかないと思いますが」
「甘いな、演劇人は芸の肥やしになるもんならなんでも食いつくぞ。他人の人生なんか格好の好物だら特にこじらせた奴の人生なんかはな」
いきなり過ぎる提案にいづみさんやみんなもも戸惑っていたが人生最大の後悔…このテーマで芝居する事になった。
「後悔か…」
「で、終演後のアンケートでら、どの1人芝居が良かったから、投票出来るようにしとく」
「順位決めるんですか?」
「ああ、こいつらにはら、そのくらいした方が発破かけられるだろ」
「でも、まだ稽古も始めたばかりなのに…」
心配するいづみさんに対し雄三さんはどこか楽しそうである。万里と十座の言い合いに笑って見つめていた…なるほどそういう事か。
2週間後、通常稽古と並行してポートレイトを完成させ発表するというハードなスケジュールになりそうだ。
相変わらず激しい指導だなぁと思いつつ稽古場を後にした。