あいつを変えるのは
「それじゃあ、いよいよ今日から台本の読み合わせを始めるね。最初は読むだけで大変だと思うけど、全体の流れを掴むところを目標にしてみて、はい、冒頭から」
「話ってなんですか、ボス」
「ルチアーノ、ランスキーお前ら2人でコンビ組め」
万里は確かに器用だ…左京さんとの掛け合いも1発でそれなりにはなってる…ほんと様になるなぁ…黙って真剣にやってたらカッコイイのに。残念な奴だ。
「はぁ!?」
「嫌です」
「そりゃ、俺のセリフだ!なんで、俺がこのドケチランスキーとコンビなんて!貧乏がうつっちまう!」
「こっちこそ、シモの病気を移されそうだ!絶対に嫌です!」
「俺の方が嫌だ!」
「うるせぇ!ガキじゃねぇんだから、ごちゃごちゃ言ってねぇで、さっさっと仕事行け!」
少し笑ってしまう。この3人の関係は現実そのままで流石、綴の当て書きだ。十座が少し普段と違ってぎこちない感じはするけれど…
「兄ちゃんの友達?僕、ベンジャミン、よろしくね!」
太一はなんとなく慣れていて初心者とは思えないほどだ。ぼーっと太一を眺めてると目が合ってニコッと微笑んでくれる。なんだか…秋組の癒しだ…幸がワンコって言ってたのが失礼だけどなんとなくしっくりしてしまう。
「ランスキーと血の繋がりはねぇな」
「100%父親も母親も同じだ。失礼な事言ってんじゃねぇ」
「僕、あんまり外に出られないからまた、家に遊びに来てくれると嬉しいな」
「確か、病気の弟さんがいるんだったな。手術はもうすぐだったか?」
「弟は関係ない」
「手術が成功するといいな、それもお前次第だろうが」
普段びっくりするくらいめちゃめちゃに優しい臣が悪役ってのは聞いてびっくりしたけれど、意外と似合っているししっくりきてて…なんとも言えない感覚になる。
「やっぱり兵頭が足引っ張りそうだな…」
「台本もできた事だし、明日からみんなで朝練だね」
「はぁ?出来ない奴に合わせんのかよ」
「自主練ももちろん必要だろうが、本番までの短い期間で少しでも多く合わせることが大切だ。リーダーとしてそれくらいわかるだろ?」
「あーぁ…わぁったよ。ったく、めんどくせぇな」
「臣くんと太一くんもそれでいいかな?」
「もちろん」
「皆で頑張るっス!」
「……悪いな」
「何言ってんだよ、練習が必要なのは俺も同じだ」
「そうそう、水臭いッスよ!」
万里以外の空気はすごくいい感じでみんなまとまっているような気がするんだけど、万里のせいでかき乱されているというか、あんまりいい空気でない。
「臣、ごめんね…手伝っちゃってもらって…」
「いいんだ、いつも悪いな」
「今日は臣が作り置きしてくれてたから楽だったよ…それにしてもまだ起きてこないなんて…あのバカ…」
臣が作り置きしてくれていたオムレツをみんなに配っていく。これがまたふわとろで美味しいんだよなぁと幸せな気分に浸っていると、万里が気だるそうに起きてきた。
「はよー」
「あ、万里くん」
「おい、てめぇ。なんで朝練来なかった?適当に起きるって言っただろうが」
「だから、適当に起きただろ」
「てめぇ」
「ケ、ケンカはダメッスよ!」
「まぁ、2人ともまずはオムレツ食べろよ」
「つーか、わざわざおめぇらと同じ練習量こなさなくても、ダントツでやれるし」
「万里…最低…」
「ほっとけ、言っても無駄だ」
「確かに、万里くんの演技は、みんなよりこなれてて、上手く見えるかもしれない。現時点ではでも、役者として持ってる可能性はいちばん低いよ」
「は?アンタ、たった今俺が一番上手く見えるって言っただろ?」
「今だけはね。ただ、断言してもいい。このままじゃ万里くんの芝居はこれ以上伸びない…今の芝居への向き合い方じゃ、この先どんどんみんなに抜かされていくだけだよ」
「じゃあ、わかるまで証明してやるよ。これから先もずっとダントツだってな」
そう言って万里は部屋を出て行ってしまった。そろそろ学校に行かないと間に合わない。今日は担任の教師に呼び出されたため早めに行かなきゃ行けない…ほんとめんどくさい。
ねぇ、万里わかったんだ、万里を変えれるのはきっと十座だけなんだろうなって…私じゃないのは少し悲しいけど…万里が芝居にハマってくれればいいのになぁと思いつつ寮の扉を開けた。