一触即発
シトロンにお茶を手渡してまったり談話室で過ごす。
この時間が大好きなのだ、もちろん隣には至がいて私を離してはくれない。それを除けば至福の時間のはずなのに…困った人だ。
「いよいよ秋組始動だネー」
「引越しは終わったの?」
「ちょっと時間かかってるみたい。終わるのは夜なんじゃないかなー?歓迎会までに終わればいいんだけどね」
「じゃあ、夏希が晩御飯担当?」
「んーん!いづみさんが張り切ってカレー作ってたよ!」
「安定のカレー…期待を裏切らない」
いづみさんと2人で晩御飯の準備をしていると、太一と臣が入ってきた。どうやらふたりは片付けが終わったようだった。
「夕飯はカレーかな?」
「あ、2人ともちょうど良かった夕飯の支度ができたよ」
「え?カントクが食事の支度をしてるのか?」
「うん。でも基本夏希ちゃんに任せっきりかなー?前は支配人にもお願いしてたんだけど…その…味がちょっとね」
「食べ物じゃないから」
「そうか、夏希が作ってるんだな。でも、カントクは監督の仕事もあるのに大変だな」
「まぁ、でも夏希ちゃんが家事全般やってくれてるから私は全然苦じゃないよ」
「じゃあ、俺も手伝おうか?料理ならそれなりにできるし…」
「それなら、私はそろそろ万里達の様子見てくるっ…」
エプロンを脱いで談話室を後にする。流石に来るのが遅い…2人ともそんなに荷物はなかったはずなのに。喧嘩してたら…とかいろいろと邪推してしまってよくない。
「ちょっ…万里!」
「つーか、お前が俺との勝負バックレっからだろ。喧嘩しねぇなら演技とやらで勝負つけてやるよ。そもそもその面で芝居とかクソウケんだけどヤンキーとチンピラ以外の役できんのかよ」
万里の煽りに十座は引っかかって万里の胸ぐらを掴む。慌てて間に入るがもちろんビクともしなくてふたりは離れない。
「……俺は芝居にマジで向き合おうと思ってる。てめぇが生半可な気持ちでジャマしようってんなら容赦はしねぇ」
「万里!十座もやめようよ!」
「あぁ!?お前には関係ねぇだろ」
「あぁ?あるだろ、お前のせいでこいつは」
「言わないで!いいから!!……っ!!」
万里と十座の間に割って入った罰か、私は呆気なく吹き飛ばされて壁に強打する。
「つっ…やめてってば!!」
「2人ともすごい音したけど、何かーー」
「うわっ!?喧嘩ッスか!?って、夏希チャン!!大丈夫ッスか!?」
邪魔だ!下がってろと声が聞こえるが臣は凄いスピードで2人の間に割って入って2人を止める。
「おーらおらおら、喧嘩はやめろー夕飯できたみたいだぞ、腹減ってんだろ?喧嘩すんならプロレスでもやるか?喧嘩プロレスは伏見家伝統でな?つーか、お前ら女泣かせてんじゃねーぞ?」
「ーーーっ!!いっ、さりげなくリストロックすんな!!」
「んだよ!てめぇ、ジャマすんなら」
今にも殴りかかりそうな万里を部屋から連れていく太一に感謝して一息つく…うーん。流石に無謀だったかな…止めれるわけないか。
「おら、十座も行くぞみんなに食べられちまう」
「どうした?」
「臣さん、俺が摂津の挑発に載せられてカッとなったら今みたいに止めてくれますか?本気で芝居やるって決めた以上俺は変わらなきゃいけねぇ。この拳に頼ったら劇団に迷惑かけちまう」
「十座…」
「頼みます…」
「わかったよ。俺たち仲間になるんだしな」
「夏希…悪かった。立てるか?」
「うん、大丈夫ありがとう」
そう言って深々と頭を下げる十座に笑って大丈夫だと言えば部屋から出ていった。まだ部屋にいる臣は私の前にしゃがんで私の顔を覗き込んだ。
「無理するんじゃない。無謀な事はしない…約束できるか?」
「……本当は私が止めたかった」
「どうしてだ?」
「万里は……私の親友だから」
「そうか、だけど酷かもしれないが、力の差では勝てない。夏希が怪我したら万里も悲しむし、ここにいるメンバーだって悲しむだろ?」
「わかってる…分かってるけど…」
「うん。それならいいさ、ほら行こう」
臣は優しいから泣いてる私の顔を見ないように手を差し伸べる。そんな優しさに甘えて私は臣の手を取り立ち上がった。