人生初めての後悔
ー何でもいい。とにかくアツくなれるものを求めていた。
スポーツも勉強も喧嘩も何もかも、別に本気を出さなくても誰よりも上手くやれる。退屈で無味乾燥な日常。
満たされない渇きを埋めたくて、あらゆる事をやった。犯罪スレスレ自分の命の保証と引き換えでも、なんでも構わなかった。
人生なんてイージーモードだ。本気になって必死になってる奴らを見ると不思議でしょうがなかった。
なんで、そんなに頑張ってんだ?何もかもこんなに簡単なのに。
「そーそー万里ぃ聞いてよー!碓氷さんと喧嘩したのー?」
「別に」
「最近一緒にいないじゃん?なんかー、あの子パパ活やってるらしいよー?」
「はぁ?パパ活ってなに?」
「はぁ、そんなのも知らないわけ?知らないお子ちゃまは黙ってなー。」
ドンッと飲んでいたグラスを机に置けば、空気が凍りついた。最近は確かに一緒にはいない、真澄弟と佐久間咲也とかいうやつと一緒にいるらしいしな。別にどうでもいいけど。
「なー?摂津ー知ってかー?兵頭がヤマ高の頭ツブしたって」
「また、アイツかよ」
対して仲良くもないくせになんとなくつるんでる奴らの会話がふと気にかかった。
「誰、ソイツ?」
「O高のヤンキー中学の時から目立ってるらしい」
「ずっと1人だよな?そー言うの一匹狼って言うんだけ?」
「ふーん」
O高ならここから歩いて行ける距離だ。そう思ったら立ち上がっていた。夏希との約束がふと頭に過ぎったがかき消した。そもそもアイツは関係ねぇーだろ。何をするのにもアイツの許可がいるわけじゃない、そう言い聞かせた。
「摂津ー、帰んの?」
「煙草買ってくる」
「うぃー」
「摂津って何考えてんのかわかんねーよな」
「夏希しかわかんねぇーだろ」
「えー?愛はー?」
「お前は相手にされねぇよ」
「せっかく彼女と別れたのにー?」
んなもんオレにもアイツにもわかんねぇーよ…つーか、お前になんかこれっぽっちも興味ねぇわ!背中から聞こえた声に内心そう返事をしてオレは1人O高へと向かった。
「……は?」
「…これでいいか?」
ウソだろ立てねぇ。膝が笑って立ち上がらねぇ…なんだこれ。それっぽいやつに声掛けて挨拶もそこそこに殴りかかったと思ったら、あっという間に地面に転がされてた。
こんな事生まれて初めての経験だ、何が起こってるのか分かんねぇ。
「じゃあな」
「待てや、コラ」
ソイツは、転がったままの俺のには目もくれず悠々と帰っていった。人生初の敗北だ。
誇張もなしに、17年生きてきて初めて俺は他人に負けた。
「万里っ」
泣きそうな声で俺を覗き込んだ夏希は切り傷があって手首は抑えててよく見れば赤く腫れていた。お前、今日公演じゃねぇーの?そんなとこでなにしてんだよ。そんな言葉は出てこなくてアイツに負けた、こんな情けない所を見られたくなんてなかった。
気付けば酷い言葉を夏希に投げかけていて、泣きながら大嫌いと走って帰って行った。ああ、クソ、送ってやればよかったのにと後悔したオレは、馬鹿だ。
それから夏希の事は頭からかき消してケガが治るまでの2週間朝から晩までそいつを倒す事だけ考えた。
「今度こそ負けねぇから」
そう言いながら再び目の前に立った俺をみて、ソイツは身構えもせずに視線を逸らした。
「おい、何無視してんだよ」
「てめぇとはもうやらねぇ」
「ああ?」
「今まで挑んできた奴らにはテッペンとりてぇって野心があったでも、てめぇは違う」
「はぁ?」
「やる価値もねぇ」
「逃げんのかよ」
俺挑発にもなんの反応も示さない。俺は完全に肩透かしをくらった気分でソイツを見送るしかなかった。
それから何度挑発しても結果は同じだった。殴っても殴り返してこない相手に、俺は日々イライラをつのらせていた。
勝ち逃げなんて冗談じゃねぇ。どうにかしてアイツと勝負して勝ちたい。そう思ってたある日、アイツがボロい劇場に入っていくのを見た。
アイツが演劇なんてみるたまかよ…鼻を鳴らしながら入口を覗き込むと、扉に"秋組オーディション会場"の張り紙が貼られていた。
「オーディション?」
「あ!秋組のオーディションを受けに来た方ですね!どうぞこちらへ!」
「は?俺は別に!」
「もうすぐ始まりますから!」
わけもわからないまま、俺は人の話を聞かない天パの男に強引に劇場の中に押し込められた。