外面仮面
愛想笑いでなんとか乗り切った…疲れた。
呑み会に参加しろと執拗い上司を上手く撒いて同様に面倒な同僚も撒いた。キタコレ、呑み会回避!
と思ってたのも束の間、最近入団した団員寮に帰れば、制服を身にまとってエプロンを付けた美少女が目の前で俺の帰りを待っていたかは定かではないけどおかえりなさいと言った。
うん?新たなギャルゲーか何かですか?
いや、そんな訳ないいや、もしかして真澄が女装してる?いやいやいや最近忙しすぎて幻覚?だいたい、真澄が女装ってどんな状況だ、つか、うん、可愛い。
「茅ヶ崎さん…ですよね?」
あ、喋った幻覚じゃねぇーわ。危ない、危ない素が出るところだった。やっぱ疲れてるなーと思いつつにこりと笑う。うん、この子可愛い。
「あぁ、うん。茅ヶ崎至よろしくね」
「碓氷夏希です、よろしくお願い致します」
深々とお辞儀した彼女に外面全開で笑顔でこちらこそよろしくねと言った。碓氷夏希なるほど、真澄の妹?いや、姉かな?しっかりしていそうだし…あぁ、そういえば昨日綴が綺麗な姉がいるって言ってたな…うん、真澄が女装してなくてほんとよかった。
「あ、至さん!おかえりなさい!」
「咲也ただいま」
「至さんやシトロンさんと同じく昨日入団してくれた、夏希ちゃんです。俺と同学年で真澄君のお姉さんなんですよ」
「改めてよろしくお願いします。劇団のお手伝いしてますので、何かあれば言ってください。あと、嫌いな食べ物とかアレルギーとか…?して欲しくない事とかあったら教えてください」
「あぁ…特にないけど俺の部屋には入らないでくれるかな?仕事柄機密事項書類とかあるから…アレルギーとかも特に無いかな…あ、でも魚卵系が苦手」
「わかりました、ご飯できてますが温め直します?お風呂先にするなら待ってますよ」
「じゃあ、先にお風呂入ってくるよありがとう」
これは、新手のギャルゲーか?いや、ほんと俺疲れてるわ…さっさっと風呂入って落ち着こう。
でもまぁ流石、あの真澄の姉…顔面偏差値が高いことで…美人な姉だ。学校でも嘸かしモテる事だろう。
テキトーに風呂に入って上がり、談話室へ戻ると綴と支配人が寛いでる。目の前には暖かい食事が並べられていて、いつもだったらテキトーにコンビニだったりピザだったり食べていたのに、目の前には美味しそうな肉じゃがや豚汁など、和食が並ぶ。
「あ、至さん帰ってきたんスね」
「うん、ただいま綴はなにしてるの?」
「あぁ、今日支配人と夏希ちゃんが初代春組の台本見つけてきてくれたので一応それ読んでるっス!しかもこの台本めちゃめちゃ面白くて」
「そうなんだ、よかったね」
「綴さんが、脚本家志望だってさっき知ったんです、至さんは好きな作家さんとかいるんですか?」
「うーん、あんまり本は読まないからなぁ」
ラノベなら読むんだけどね、とは言わずまたにこりと笑う。流石にオタバレは回避したい。にしても入団して正解だったな浮いた食費と家賃はネトゲにつぎ込めるしこうやって美味い飯も食えるわけだし、願ったり叶ったりだ。
「そうなんですね」
俺がいる近くに座ってお茶が無くなればそそいでくれる、何この子できた子…あの真澄と違いすぎるでしょ…まぁ、でもこんなできた姉を持てば真澄は生きにくいだろうなぁ…比べられるのがオチだ。
「ごちそうさまでした。美味しかった、ありがとう」
「お口に合うか不安だったんです。よかった」
「はぁ?姉貴の飯が不味いわけない。そんなこと言うやついたら殺す」
「物騒だからやめてよ…ほらほら、こっちに座って大人しくしてなさい」
「俺は、姉貴と監督の飯が好き」
食べ終わって少ししたら真澄や、咲也が風呂から上がったようで談話室には人が集まる。盛大に目の前でイチャイチャされている訳でシスコンにも程があるだろ、まぁ仕方ないか。
「脚本の内容は決めてるんですか?」
「初代春組の台本を読んでからずっとロミオとジュリエットのイメージが浮かんでてそれにするつもりですた」
「ジュリエット役は誰がやるんですか?」
「このメンバーで女装はちょっと難しいかな」
「そこは、俺に任して貰えないですか?」
そう言って綴は自室へと戻ったようだった。未だ不安であろう支配人はソワソワしながら監督にため息を吐いた。
「監督ーっ、皆木くんに任せてて大丈夫ですかね?一応、初代春組の台本で読み合わせを始めておくとか」
「うーん、綴くんを信じましょう」
そういうやり取りをスマホゲームをしながらチラチラと見つめれば全員がやる気がでていて何よりだ。
俺は、浮いた家賃と食費と光熱費でゲーム三昧させて貰う。まぁ。もちろん稽古にはでるつもりだけど…
「至さん、お仕事ですか?」
「え、うん」
オレの推しに声まで似てるのか…2次元から出てきたような夏希はそう聞いてきた。俺のカバンが気になるようだがあえて何も聞かず嘘をついた。オタバレは回避したいんだって、めんどくさいから。
「そうですか、お邪魔してしまってごめんなさい」
「夏希ーっ!コーヒー入れてほしいネ!」
「うん、どの豆にしますか?良ければいづみさん、支配人、至さんもどうですか?佐久間君と真澄もいる?」
「いいんですか!?夏希ちゃんが入れた珈琲は本当に美味しいですからとても楽しみです!」
「え、いいの?ありがとう」
「オレも貰っていいの!?嬉しいな!」
賑やかな声が談話室に響く。暫くすると珈琲の香りが広がってふわりと微笑んだ夏希が珈琲を持ってやってきた。ありがとうと、伝え貰うと苦味の少なくて甘すぎない優しい珈琲が口いっぱいに広がった。うん、美味い。
「茅ヶ崎さん?」
「ん?あぁ、このマグカップどうしたの?」
「あ、一人一人専用のマグカップ買ってきたんです。勝手に買っちゃったんですけどこれから必要かなって」
「なるほどね、ありがとう」
イニシャルが書かれたピンク色のマグカップ春組全員の分があるようでシトロンや咲也、それに真澄も同じマグカップで呑んでいる。監督と夏希のは、どうやらペアマグカップらしい…もしかして、夏希も監督クラスタ?いや…でも真澄の姉だしなそうだったら面白い。
「あ、茅ヶ崎さん。いづみさんがこれ、作ってくれたんです。朝食、昼食、夕食といる人はこの名前付きマグネットを貼ってくれれば、食事作るので!それに飲み会などお仕事遅くなりそうだったら連絡ください」
「へぇ、これ便利だね、うん、わかったよ」
ニコリ、と微笑んだ夏希を見つめて考えた。
女性はきっと男性とは違う考えでだいたいの女性は俺の本性を知ったら間違いなく幻滅して去っていくだろう、監督も夏希も。
「じゃあ、俺はもう寝るね、おやすみ」
「おやすみなさい」
はぁ…疲れるなぁ…だけどこうやっておやすみと言ってくれる人がいるのは悪い気がしない。
ため息を吐いて明日はなんと言って呑み会を断ろうか考えた。