学芸会の記憶
日付が変わっても帰ってこない。支配人から代わって電話の対応に追われていたけれど、何とか落ち着いた…まだ天馬は帰ってこない。
まだ連絡は来ないままでどうなったのかもわからない…信じたくはないけれど、このまま、強引にブログで公開したのだとしたら出演が認められる訳では無い。チケットが完売してもし、降板ってなったらそれこそ言い方は悪いけれど未来は潰えてしまう…
「天馬っ」
「あぁ…夏希起きてたのか……ただいま」
「ん。おかえり、みんな起きてるよ」
「天馬くん!お父さんとのお話は!?」
「思いっきり殴られた…」
「はい、冷水だから冷たいよ」
天馬をソファーに座らせて冷水につけたタオルを搾って頬に当てる…けっこう勢いよく殴られたみたいで腫れていて痛そうだ…舞台に支障でなきゃいいけれど…
「天馬くん、殴られたって勝手に劇団に入ったから?」
「いや、無断で映画のオファー蹴ったから。それについては謝って、その後真剣に話し合って説得してきた俺の役者人生において、この舞台は絶対に必要なステップなんだ」
「それって舞台経験がないから?」
「それだけじゃない…小学校の学芸会の時生まれて初めて舞台に立ったんだ。その頃にはもう、子役として映画やドラマにも出てたから、学芸会の舞台程度なんてことないはずだった...それなのに、学芸会の本番で、頭が真っ白になってセリフのが飛んだ。オレはなにも言えず棒立ちになって、舞台も客席も静まり返った。幕がおりるまでの10秒くらいが永遠にも感じられた…仕事が忙しかったからとか、周りにフォローされたけどあんな失敗は仕事でもしたことが無い。初めて味わった屈辱だった」
「うん…」
「それ以来、舞台のオファーが来ても怖くて受けられなかった。舞台に立つだけで、あの時の気持ちが蘇ってくる。舞台は怖いというより怖い、臆病なのかもしれない」
「怖い?」
「映画やドラマは、最高のカットが撮れるまで何度でも芝居に挑める。こだわり抜いた完璧で最高のオレだけを観客に見せられる...でも、舞台で自分が見せられる演技はその時その時だけだ。学芸会の本番前それを意識したら途端に怖くなった」
「天馬はさ…いつだって。お客さんに自分の最高のお芝居を見て欲しいんだね。それはさ、臆病じゃなくて、プロ意識が、凄いの。そんなふうに思えるのも、横で見守ってきた私にそう思えさせるのも役者として立派な事だし気持ちはちゃんと伝わってる」
「そうだよ、天馬くんが引け目に感じる必要は無いよ」
「それでもオレは、どうしてもこの恐怖を克服したい」
「天馬くん、確かに芝居はこだわった完璧なものにはできないかもしれない、でも、最高のものはできるよ」
「どういう意味だ?」
「きっと、舞台に立てばわかるよ。恐怖なんて克服できるよ、天馬くんなら…みんなと一緒に克服しよう」
「あぁ…ありがとな…」
いづみさんが先に寝るようで談話室を後にした。私は黙って天馬の隣に座る。
「眠くないのか?」
「うーん、ちょっと眠いくらい…天馬は?」
「オレも一気に力抜けたって感じだなー」
「ありがとな…」
優しく頭を撫でられた気がする…あれ、目が段々と重くなってきた。
そう話していたのが最後でふわふわしている物が頬に当たって気持ちいい。亀吉の羽だろうか?もしくはお布団?あれ…昨日どうしてたっけ?ばさっと起き上がれば談話室でどうやらかなり寝てしまっていたらしい。目の前には夏組メンバーが私の顔を覗き込んでいたようで掛けてくれたであろう布団の中へと顔を埋める。
「えっ、ちょっと待って!!いつの間に天馬と幸呼び!?デレイベ発生してるじゃん!」
「うわぁ……あのインチキエリートに毒されてるし」
「うるさい!お前はもうちょっと寝てろ!!」
「酷い!私もデレイベ見たかった!幸のデレイベは貴重なんだから!!」
「うるさい!!寝とけ!!」
「ぐふっ!」
「でも、一応男ばっかなんだから危機感もちなよ、仮にも女の子なんだから」
そう言われてへこむ…仮にも女の子…一応れっきとした女の子なんですが…真澄と姉弟でもあってそれなりには可愛いと言われるのですが…
「僕も幸くんと同じ意見です。だけどそれは、夏希さんが可愛いから余計心配するんですよ?」
「椋っ…すき、嫁になる?」
「え、ええと!できれば、お婿さんの方が…」
「じゃあ、夏希ー!オレと結婚するー?」
「却下!オレなら毎日かわいい服作ってあげれるし、あ、でも外で働いてきて貰わなきゃだな」
「一生不自由させねぇけど、オレにするか?」
「オレっちは一生退屈させないよ!」
「こら!みんなで、夏希ちゃんをからかわないの!見て、ショートしちゃったじゃない!」