強がりと憧れ
本日も快晴晴れ、今日は一段と暑い。
この真夏の日差しはどうにかならないかなぁとぼーっと空を見上げる。
「ひゃぁっ」
「ちょっと、なんて声出してるワケ?ちゃんと水分補給しないと倒れるよ?」
「あ、ありがとう」
「幸くんの言う通りだよ、夏希さん、無理しないでくださいね」
「大丈夫だよ、心配してくれてありがとう。2人こそ平気?」
「僕は慣れてますから!」
「オレは慣れない…あっつい…」
「ジュースありがとう、よし、さっさっと配っちゃって寮に帰って昨日作ったゼリー食べよう!」
「ゼリー!?楽しみです!!」
椋と笑ってベンチから立つ。昨日作っておいたゼリーともう一つシャーベットも作ってみたのだ。それは今日のお風呂上がりのお楽しみである。
「MANKAIカンパニー夏組公演近日上演開始ー」
「Water me!我らが水を求めて、アラビアンナイトモチーフのお話です!よろしくお願いします!」
「よろしくー」
「チラシどうぞ!」
「MANKAIカンパニーです!」
少し配っていると、通行人が足早に去っていく話を聞けば、どうやらあのGOD座がストリートACTをやっているようだ、私も幸も椋も流れるように人の集団へと入っていく。
「クリスティーヌ…闇に閉ざされた私の世界のただ一つの光…」
「去れ!ファントム!お前の世界は闇の底だけだ!」
オペラ座の怪人か…確かにGOD座にはもってこいだよなぁ…雰囲気とかピッタリだし、晴翔さんも、丞さんも様になりそうだ。それに衣装とか大道具セットにもこだわり凄いし…あぁ…観に行きたいかも。
「……お嬢さん手を」
「え?」
「クリスティーヌ…我が光…」
ボーッと考え込んでいたら目の前に晴翔さんが跪いて私の手を優しく取り手の甲にキスを落とす。うわぁぁ…カッコイイけど…うん、周りの女性達に殺されそうだ。
「うわぁ……夏希が捕まってるよ」
「かっこいい…少女漫画のお姫様と王子様みたいだっ……!!」
「ああまでして、媚び売らなきゃいけないのか…」
「幸くんってば、聞こえちゃうよ」
「…ねぇ、今この辺から悪口聞こえたんだけど」
私の手を無理に引いて抱き寄せる…あぁもうほんとやめて、女性陣に殺される。てか、私はどちらかというと、丞さんのファンなんだけれど!!そう言ってもどのみち殺されそうなので言わないが!!
「気のせいじゃない?てか、うちのスタッフ返してくれない?嫌がってるけど」
「あっそ、…何このチラシどこの劇団だよ?」
「ふーん、MANKAIカンパニー?全然知らなぁい、弱小の癖に何いきがってんの?」
「別に、あれだけの劇団でも必死で客に媚び売らなきゃいけんないんだって感心してたんだけど」
椋がビクビク動いている、こりゃまずい他劇団しかも、GOD座なんかと喧嘩したといづみさんに知られればもちろん怒られるし、今後やりにくくなる…だがしかし許せない。
「うちの劇団員が失礼しました。MANKAIカンパニーは弱小なんかじゃなくってれっきとした古参劇団です。今は確かに知名度は落ちてしまいましたが、その名に恥じないよう一生懸命頑張ります!」
「なんの騒ぎだ?」
ざわざわとギャラリーがうるさくなって人だかりも増えた時だった中央から一際目立つ容姿のGOD座の支配人である神木坂レニさんがやってきた…珍しいあまり人前には出てこないのに…
「GOD座の神木坂レニです。晴翔が迷惑かけたかな?」
「……いえ、その」
「悪いね、ちょっと血の気の多い子だから君たちもビラ配り?何やるの?」
「アラビアンナイトモチーフのお芝居です。良ければ、どうぞ」
「へぇ、アラビアンナイトか…って……MANKAI…カンパニー?」
そう言ってチラシを渡せば表情はみるみる変わり、怒りの形相でチラシはビリビリになって地面に落ちた。
私は黙ってビリビリに破られたチラシを拾う。
「……行くぞ、丞、晴翔」
「何あれ、団員も団員なら代表も代表だね」
「なんか、劇団の名前を見た途端、態度が変わったような気がするけど」
「弱小ってわかったからじゃない?性格悪…てか、夏希手洗ってよ。菌ついてそうで嫌だ」
「夏希さん、大丈夫ですか?行きましょう!」
駅内のトイレで手を洗って戻ってみれば、幸が同級生と話しているようで影で見守る。どうやら、からかわれてるみたいで、心無い言葉を幸に投げかける。
「そう…今宵も語って聞かせましょう、めくるめく千の物語のその一つ…」
セリフを言って見事その男の子達を黙らせたけど、幸の表情は強ばっている。そんな雰囲気に驚いたのか男の子達はチラシを受け取ってバタバタと走っていった。私も急いで戻ってチラシを配る。
「はい、終わり!チラシ全部はけたし帰るよ」
「幸…?」
「幸くんは、やっぱりかっこいいね」
「椋の言う通りとってもカッコ良かったよ」
「見てたの?」
「うん…」
「さっきのは、GOD座のファンサ真似しただけ」
「うん、でもカッコ良かったよ。夏希さんもそう思ってるんじゃないかな?」
「ちょっとこっち来い」
幸に手を握られて人通りの少ない裏路地に入って涼む。幸は幸なりにたくさん辛い思いをして苦しんできたのだろう。椋に寄りかかっていて表情は見えないけれど、泣いている気もする。
「ああいうときに堂々としてられるなんてさ、幸くんのかっこよさは僕の憧れだよ」
「もうやめろって…わかったから…ありがと」
「うん、幸…椋…お芝居頑張ろう。今日の晩ご飯はオムライスにしよう」
「……当たり前」
3人で笑って天鵞絨駅を後にした。