入寮騒動
「夏希ちゃん、ちょっと電話来ちゃったから説明お願いできるかな!」
「わかりました」
左京さんかな?わからないけどいづみさんは慌てて劇場から出ていった。皆の視線が一気に集まって少し胃が痛い。注目されるのは慣れてなくって苦手だっていうのに…だけどいづみさんから頼まれちゃ仕方ない!やってやろうじゃないの。
手に力を込めたが声が出ない。右手には優しく手が触れた恐る恐る見上げればシトロンが笑顔で私の右手を包み込んでいる。握り返して皆に向きなおれば少し落ち着く。
「それじゃあ、劇団のこと説明させてもらいます。ご存知の通りMANKAIカンパニーは春夏秋冬の4つの組に分かれててそれぞれ公演を行います。現在1つの組に劇団員は5人迄で考えてるそうです。つまり、夏組の定員はあと1人って事」
「ふーん、あと一人足りないってことね」
「そうなるね」
扉があいてニコリと微笑んだいづみさんは嬉しそうに私の頭を優しく撫でてくれる。
「ごめんね、ありがとう。今夏希ちゃんから話してもらった通りなんだけれど、新生夏組の旗揚げ公演は約3ヶ月後を予定してるよ」
「3ヶ月!?このメンバーで3ヶ月後に本番なんて無理に決まってんだろ!」
「それは大丈夫」
「何を根拠に…」
「ここにいる春組のメンバーは、全員未経験だったけど2ヶ月で本番迎えてるから、出来ないことはないと思うけど?」
「未経験から2ヶ月で…マジかよ…」
「そういう事なので、これから3ヶ月間みんなにはみっちり頑張ってもらうからね!」
笑顔でそう言ったいづみさんの表情は明るくて嬉しそうだ。そんないづみさんの表情とは裏腹に4人の表情はみるみる暗くなっていく。まぁ、そりゃそうだ無理もない...
「………早まったかな」
「ういうい!」
「が、頑張ります!」
「私も春組も全力でサポートするから、困ったことがあったらいつでも相談してね」
「うんうん。あ、そうだそれから、うちの劇団には専用の劇団寮があるんだけれどみんなどうする?寮に入るのは強制ではないから通いでも大丈夫だよ」
「オレ!オレ入る!綴るんと夏希ちゃんと一緒~」
「うわぁ……」
「綴、顔に出しすぎ」
「カズくんよろしくね」
急に握手され真澄が慌てて私とカズくんを引き剥がすほんと、毎日その調子で真澄は疲れないのだろうか?私だったら疲れるから絶対無理だ。
「よし、と。あとは椋くんはどうする?」
「ボ、ボクも出来れば寮に入りたいです」
「親御さんにはまだ話してない?」
「ま、まだ…劇団の事も…」
「幸くんと同じ学校なら、ここから家が遠いわけじゃないんだよね?家から通う形でも問題ないけど…」
「いえ!ボクも寮がいいです!」
決心したように言った椋くんに微笑んだ…凄く嬉しい。結局4人とも入寮となり、親御さんの許可も一応は取れたみたいで後日詳しく支配人といづみさんが動くそうで話は終わった。
春組と入団がきまった新生夏組のメンバーで劇団寮へと戻る。なんでも劇団寮を少し見てみたいらしい。そりゃそうだよね、引越しの準備とかいろいろとあるだろうし。
「夏希今日の晩御飯なににする?」
「ん?あ、今日私じゃないよ。せっかくみんないるしいづみさんがカレー作るって張り切ってたよ」
「カレーは不可避か……」
「あ、そうだ、入寮は来週の土曜日までにお願いしたいって…あと、きちんと親御さんにも自分の口から説明してね。土曜日の午後から練習始めるって言ってたから必要なものとか分からないものがあれば聞いてね?いづみさんからの伝言は以上です」
「ポンコツ役者も寮に入るのか…」
「あぁ!?なんか文句でもあんのかよ?」
「べっつに~"共同生活"団体行動"って言葉知ってるのかなって思っただけ」
「なに!?」
「瑠璃川くん、よろしくね」
「よろしく」
「ゆっきー!同室なろうよ!」
「却下」
「じゃあ、夏希ちゃん、オレと一緒の部屋とかどう?退屈させないよー?」
「ぶっ殺す」
「ちょっと!真澄くん落ち着いて」
「んんッ!?真澄っ、離してっ、苦しいっ」
「真澄くんっ!!夏希が死んじゃうよ!!」
今にもカズ君に飛びかかりそうな真澄を至と綴が止めるが中々に怒っていらっしゃる。心配しなくても絶対同室なんかにならないのに…姉としての信用がないのは悲しい。
「姉貴が怒ってる」
「当たり前でしょう?」
「なんで?」
「私そんなに信用ない?」
「姉貴は世界で1番好き、監督と同等」
「あっそう、それはありがと」
にしても…賑やかそうで何より…部屋割りが前途多難にならなきゃいいけど…と思う矢先幸と天馬の喧嘩を聞きながら片付けするとは思ってもみなかった。