綺麗な笑顔
ご飯も食べ終わって談話室で寛がせてもらっていた時だった。支配人が私と監督さんを手招きしてついて行くとお風呂どうぞと案内された。
「もし良かったらなんだけど、夏希ちゃん。一緒にお風呂どうかな?」
「是非!」
扉を開けて監督さんと入れば洗濯機が4台と洗面台が2つドライヤーまで完備されている…確か、劇団寮って言ってたっけ?広い…ちょっとした銭湯みたいだ。
「広い…」
「広いね、こんなに広いなんて思ってなかったよ。まぁ、劇団員寮だとこれくらいないと困っちゃうよね」
服を脱いでお風呂の扉を開ければちょっとした銭湯みたいだ。凄い…真澄はこれからここで生活するのか…と思うと少し寂しい気もするが楽しそうだ。
「はぁ……疲れた…怒涛の1日だったよ…」
「お疲れ様です」
2人で広い湯船に浸かり足を伸ばせばお互いから深いため息が出て顔を見合わせて笑う。
「怒涛の1日ですか…監督さんは今日就任したって支配人が言ってましたけどそうなんですか?」
「うん。監督…って言ってもね、この劇団は私のお父さんが設立したらしいの。手紙が来て行ってみれば、ショベルカーで潰されかけちゃってて成り行きで監督する事になったの」
「ショベルカー!?」
「そう、看板だけ取り壊してバーレスクにするって」
「バーレスクって…」
「しかも、劇団に借金があって1000万…どうやら今日が返済期日だったらしくて、伸ばしてもらう代わりに私が総監督になる事、劇団員を集めること、春夏秋冬組の千秋楽を満員にする事って約束したんだ」
「なかなか思い切った約束しましたね…ってそれ大丈夫なんですか?そっち系だったり…」
「うーん…まぁ、そっち系なんだけど…せっかく作ったチャンスだしやれるだけやってみる!やってみないとわからないし、それにお父さんが作った劇団だから、さ」
「そうですね…」
「もう、なるようになれ!精神だったんだけど、咲也君が楽しそうに芝居するの見てたらほっておけなくなっちゃって…」
「何となく気持ちわかります」
「え?」
「私、1年生の時に佐久間君と同じクラスで…何度か練習しているのを見たことがあっていつも黙って見てて元気づけられるっていうか…なんというか」
そういえば、監督に肩を捕まれそうだよね!と言われびっくりした。心臓飛び出るかと思ったよ。
びっくりした私を見て慌ててごめんねっと謝る監督さんに笑顔で大丈夫ですよと言えばニコリと微笑んでくれる。うん、すっぴんとても綺麗ですね。
「夏希ちゃんは、お芝居とか興味無いの?」
「好きです。昔よくおばあちゃんに連れられて見に行ってました」
「そうなんだ…真澄くんも?」
「いえ…真澄はあまり…あの子は父と母と一緒に過ごす事が多くて…特に真澄は父の会社を継ぐことが決まっているようなものなので…」
「なるほど…」
「でも、夏希ちゃんはお芝居好きなんだよね!私もお芝居大好きなんだ」
話が合うといいなぁとニコニコ笑う監督。
そうだ、あの時の人を知っているかもしれない…監督さんのお父さんはここの元監督さん…つまり…
「監督さん!あの!」
「び、びっくりした、うん?どうしたの?」
「昔ここに所属していた、冬組のリーダーさんはいますか?」
「うーん…支配人に聞けばわかるかもしれないけど、私は分からない…それに1番頼りたい父も8年前に失踪して以来音沙汰がないの。ごめんね、わからない」
「そうなんですね…無神経ですみません…だけど、監督さんがMANKAIカンパニーをもっと盛り上げてくれたら…お父さんの居場所わかるかもしれないですね!」
「うんん、謝らないで。ありがとう!私達が頑張ってこの劇団を盛り上げれば何かわかるかもしれないしね!」
少し涙目になった監督さんは少し上を向いてからまた優しい笑顔に戻った。強いひとだなぁと実感する…父親が急に失踪したらどうなるだろうか…まぁでも私の両親はあまり変わらないか、と勝手に自己完結させた。
「そうだ、監督さんじゃなくていいんだよ。いづみって気軽に呼んでもらえると嬉しいかな?妹が出来たみたいだし」
「いづみさんって呼びますね!私もお姉さんが出来たみたいで嬉しいです」
「ふふ、妹欲しかったんだ…一人っ子だから」
「そうだ、いづみさん!真澄と結婚すればいづみさんと私は本当の姉妹になれますよ!それに真澄も嬉しいと思います」
「姉弟って似るんだね…」
「え?」
「ううん…なんでもないよ!気にしないで!」
?何を言いったのか上手く聞き取れなくてニコニコと笑ういづみさん。まぁいっかと思い背伸びをする。
「夏希ちゃんそろそろ上がろっかのぼせちゃうね」
「そうですね、上がりましょう」
「乾かしてあげるよ」
「いいんですか?」
「いいんですよ。たまにはお姉さんに甘えなさい!」
今日会ったばかりなのにこうやってすぐ打ち解けられるのはいづみさんが持っている独特の雰囲気なのだろうか…風呂から上がっていづみさんに髪の毛を乾かして貰っている時にふと母親の存在を思い出して直ぐに頭から消し去った。