家族
最後の仕事、それはお客様の忘れ物がないか確認することだ。殆どのお客様が劇場から出た後忘れ物がないか劇場を見て周る。椅子の上に学生証が落ちてあり"向坂椋"聖フローラ中学と書いてあり急いでエントランスに向かう。
「すみません!向坂椋さん?これ、落し物っ」
「えっ、あっごめんなさい!」
「渡せてよかった……大丈夫?」
「学生証ありがとうございます。大丈夫です!もう、終わったのに…なんだか、熱気が凄くて皆さん本当にかっこよくて…」
「熱気凄かったもんね…お芝居に興味あるの?」
「はい…お芝居に憧れがあって…でも、僕…僕なんかが受かるわけもないし…」
「そうかな?かっこいいし、声もよく通る声してるし向いてると思うけど…」
「かっ、かっこいい!?僕みたいなミジンコが!?」
「自己肯定感低いね…まぁでも、受けるだけ受けてみたらどうかな?今度、ここで新生夏組のオーディションあるの、よかったらこれどうぞ」
「ありがとうございます!」
今日の千秋楽のフライヤーに新生夏組オーディションの告知したのだ。お客様は嬉しそうに帰って行った彼を見つめる。オーディション来てくれればいいけど…もしかしたら勝手なことをしたかもしれないけれどやってみたいと思うなら是非挑戦して欲しい。
「あ、ストーカー姉」
そう呼ばれ振り返ると可愛らしい格好した瑠璃川君がいた。どうやら千秋楽見に来てくれたようで控室に挨拶しにいってたらしい。
「あ、瑠璃川君…その呼び方やめてくれないかな…私までストーカーぽくなっちゃうんだけど」
「弟がストーカーなのは認めるんだ」
「うん。あれは、ストーカーだからね…」
「まぁ、けどオレアンタの名前知らないからストーカー姉って呼んでるんだけど?」
「碓氷夏希だよ、瑠璃川君来てくれてありがとう」
「うん、オレが作った衣装がどんな風に動くと見えるのか見たかったし。他もまあまあだったよ。舞台で衣装とか着るっていうのも楽しそう。てか、瑠璃川君とか気持ち悪いんだけど、幸でいい」
「わかった」
「そういえばさっき勧誘されたんだよね、劇団入らないか?って衣装係で応募したはずのにさ…」
「でも、幸が作った衣装は幸が一番似合うんじゃないかな?少しでも興味があるならやってみらいいと思うよ」
「うーん、うん。ありがとちょっと考えてみる」
「うん、またね」
幸と別れてエントランスの扉を閉めて、再び劇場内に入ればいづみさんと古市さんがいたので控室へと向かう。流石に込み入った話もあるだろうし邪魔するわけにはいかない。
「みんな、お疲れ様っ…至っ…重い」
「夏希不足」
「至さん、せめて寮内だけにしてくださいっす」
「姉貴に近づくな…!」
「ぐへっ…真澄引っ張るならもうちょっと優しく引っ張ってよ…痛い」
ぐっと真澄に引っ張られてよろけた所を咲也は王子様のように優しく抱きしめて、受け止めてくれる。その仕草はまるで本物の王子様のようでふわりと微笑んだ。
「夏希ちゃん、お疲れ様」
「春組リーダーは咲也?」
「そう、春組リーダーは咲也に決まったんだよやっぱり咲也が適任じゃないかって」
「オレでもできる…姉貴、オレどうだった?」
「真澄にリーダー無理だよ。凄くかっこよかった。自慢の弟だよ」
「好き」
ギュッと真澄に抱きしめられて少し背伸びをして頭を優しく撫でる。本当によかった…ずっとずっと2人だったせいで真澄は社交性もなくて、友達も仲間もできないと思っていた…だけど。真澄は自分で仲間を見つけて、私までも引っ張り上げてくれた。
「真澄…素敵な居場所を私にくれて、ありがとう」
「あ、あねっ」
「夏希が泣いちゃったネ!」
「ほら、よしよし」
「真澄君、落ち着いてっ」
「あーあ、ほらほら」
「あっ!夏希ちゃん泣かせちゃったの!?」
優しくいづみさんにも抱きしめられる。
正直ここにいていいのか迷っていた、役者でもなんでもないただの一般人で私は真澄の姉。
ただそれだけなのに、そんな奴がここにいていいのかと…悩んでいた。だけどみんなは認めてくれた。ここ、MANKAIカンパニーの家族として。
皆んなが頭を優しく撫でてくれる。
本当に、本当にこの場所で家族として迎え入れてもらって幸せだ。
「夏希ちゃん、帰ろう」
いづみさんは私の涙を優しく拭って、手を取って皆んなと劇場を後にした。