ショーは終わらない
「至、できたよ。動いてみて」
「大丈夫、ありがと」
「みんなにもバレないようにするのはこれが限界痛みはどう?」
「まだ痛むけど平気」
そう…と答えて俯く。こういう時に何も出来ない自分が悔しい私は裏方でしかないのにこういう時に何の役にも立たないのが苦しい。
「そんな顔しない、俺なら大丈夫。夏希のおかげだから」
「至…」
至は困ったように笑って私の頭を撫でた…いよいよ千秋楽、念願だった客席は満席だ。さすが、千秋楽…初公演時とは違う熱気があって、こちらまでその熱気が伝わってくる。
「なんか、今までで1番熱い感じがする」
「それだけ、みんなへの期待が高いって事だよ」
「ドキドキします」
「セリフ忘れるなよ!」
こういう時でもみんなは通常運転な所が少し羨ましい。……ただ至の足がまだ本調子じゃなくて今日もテーピングを巻き直したけれど、あれは本当にただの気休めなのだ。
「至?」
「なに?俺に見惚れてる?」
「冗談言えるならマシか…」
「相変わらず、冷たいね」
控室の外から立ち入り禁止ですと聞こえたような気がして振り返れば古市さんが立っていた。
「ジャマするぞ」
「おうおう、いてまうどワレー」
「古市さん迫田さん、こんばんは」
至から離れて挨拶すると真澄からいきなり引っ張られよろける。ニコリとよそ行きの笑顔を浮かべる至にサッと背後に隠されてしまう。
「何しにきた」
真澄はいづみさんの前に立ちはだかり近くに寄せ付けないようにする。別に悪い人達じゃないんだけれどな…まぁ、真澄はいづみさんの24時間セキュリティーだから仕方ないか。
「約束通り、観に来てやった」
「そうですか。約束通り、満員にしました」
「あぁ、とりあえず第一関門は突破したようだな」
「これで、劇場は取り壊されないんですよね?」
「ひとまずは、な」
「ただし…埋めた客も満足させなきゃ意味がない。劇団が安定した収益を上げるにはファンの獲得が必須だ。そのためにも」
また、左京さんの談義が始まった…と綴と咲也は苦笑いした。確かに、本当に古市さんはこの劇団が大好きなんだなぁとあらためておもう。
「ふふ」
「おい、お前達何がおかしい?人の話をちゃんと聞いているのか?」
「いえ、最初に思ってたより、ずっと面倒見がいい人だなと思って」
"今日の劇場は、昔を思い出すな"
いづみさんがそういうと少し照れ臭そうに一言残して迫田さんと控室を後にして行った。本当にこのMANKAIカンパニーが大好きなのだろう。
「開演5分前ですー!」
千秋楽…という事もあってか、気合が入っているしこのまま終幕まで頑張ってほしい。そう思ったのも束の間、至の様子が変だ、やっぱりまだ痛むようで動きもだんだんと小さくなってしまってみんなも気にして集中力が切れてる。
「まって…倒れないっ…」
ここで倒れるはずのティボルトは立ったままだ。いづみさんの、顔は顔面蒼白だやっぱりきちんと伝えておくべきだった。
「あれ?」
「いつもと展開違うくない?」
「ダメだ、続けられない…すみません!一旦幕を」
「やめろ、ティボルト!もう戦いは終わったんだ!剣を下ろせ!」
え?こんなセリフは無かったはずだ。
もしかして咲也のアドリブ…?だけど、よかった場は繋げるはず…
「死ね!ロミオ!」
「いづみさん!幕はどうしますか!?」
「このまま続けます!」
咲也は本当に生き生き演技している。よかった…咲也の憧れで夢で大切な居場所が、MANKAIカンパニーが潰れなくて。
ゆっくりと、ゆっくりと幕が下りる。
「すごい、今までで1番大きい」
「スタンディングオベーション」
「どうなるかと思ったヨ!」
「至、足は!?」
「至さん、足大丈夫ですか!?」
いづみさんと私が至さんに駆け寄る、一応みたところテーピングは外れていないようで少し安心する。
「えっ、至さん!?そんなに痛いんすか!?」
「違っ…なんか今…今までの人生でないくらい、自分が熱くなってて、笑えるだけ」
「泣いてんじゃないすか」
「シトロンさんみたいですよ!」
「ワタシ、泣くと笑う間違えないヨ!深海ネ!」
「心外ですよ、シトロンさん」
「間違えちゃったヨー!」
「アンタはいつも間違えてる」
そう言って真澄は微笑んで私を抱きしめた"姉貴、ありがとう"私を優しく抱きしめてから舞台へともう一度向かっていった。
皆んなが涙目になりながらカーテンコールに呼ばれ舞台へと向かっていく。本当にお疲れ様…最後の残っている仕事が待っているので皆んなの背中をしばらく見つめて舞台袖からエントランスへと向かった。