隠し事
「はぁ、はぁっ…」
「これ、拍手だよな」
「お客さん」
「すごいな」
「嵐みたいネ」
幕が降りてシーンと静まり返った劇場から割れるような拍手の音が鳴り響き皆がぼーっとしたまま立っていていづみさんは目に涙を溜めながら笑って咲也の背中を押した。
「ほら、みんなぼーっとしてないで、カーテンコール!」
「は、はい!みんな、行こう!」
いづみさんの一言で皆んなは舞台へとまた登っていく。割れるような拍手と歓声…いづみさんは凄く優しく笑って私を抱きしめた。いづみさんの涙が私の方にぽたぽたと落ちてハンカチで拭う。
「「「「「ありがとうございました」」」」」
1人ずつ挨拶を言って、舞台初日は終わった、きっと絶対この光景を忘れることはないだろう。私も絶対にこの光景を忘れない…きっとみんなもそうだと思う。
公演日が残り1日となった今日、忙しい皆が軽く食べれるようにおにぎりを握って持っていけばいづみさんが困った顔で迎え入れてくれた。
「夏希ちゃん、ごめんねありがとう」
「いえいえ、お安い御用ですよ!」
「みんなー!夏希ちゃんお手製夜食持ってきたよー!あれ、寝てる…連日、講演の後夜遅くまでミーティングじゃ、当たり前か」
「みんな、気持ちよさそうに眠ってますね」
「明日の為に少しでも休んでね」
昨日干したばっかりのブランケットを全員に掛けていづみさんと顔を見合わせて笑う。無事に公演初日を迎えてから、千秋楽まであと2日…怒涛の毎日だったけど日々は早い。みんなも日頃の疲れが溜まっている頃だろう。
「監督!大変です!」
「ちょっと、支配人!みんな寝てるんですから…」
「っ!?どうしたんですか!」
「ぶぎゃっ!な、なんですか!?」
「何?朝?」
「ーーーッ」
「んん……?」
咲也、綴、シトロン、至は支配人の大きな声と扉の音で起きたのか眠そうだ。流石、我が弟真澄に至ってはお構いなしで眠っている。
「せ、せせせせせせん!」
「せんべい?」
「いづみさん、流石に違うと思います…支配人も落ち着いて、深呼吸してください。何がありました?」
「すう、はぁ、すう、はぁ…千秋楽!完売しました!」
「それ、本当ですか!?」
「たった今、最後の一枚が売れました」
「千秋楽が……完売した……」
「これで、劇場はなくならないってことっすよね?」
「そうだよ!みんなのおかげだよ!」
「やったあああ!」
「よっしゃあああ!」
シーンっと静かになって稽古場は賑やかな声に包まれるつまり、このMANKAIカンパニーは無くならない。首の皮一枚繋がったと言うことだ。
「ーーっ!」
「おっとごめんダヨ、強く締めすぎたね」
ん?今の至…少しおかしかった。嫌な予感しかしない…シトロンが抱きついただけでそんなに痛がる…?もしかして、怪我してる…?
「いや、平気。でも離して」
「無事に千秋楽は完売、もう心配する事はないよ。千秋楽まで残り1日2公演みんな、悔いのないようにのりきろう」
監督のその一言で解散となりそれぞれ自室へと戻っていく中私は救急箱を持って至の部屋をノックする。
「どうしたの?」
「どうしたの?じゃないです。脚、痛むんでしょう?」
「バレてたのか」
「バレバレだよ…きっと私のお願いは聞いて貰えないだろうから…テーピングでガチガチに固めるね」
正直今回はみんなに話して殺陣を無くしてもらうなりなんなりして欲しかった。だけどそれは至にとっては無理な話だろうな、と思ったのだ。
「うん…お願い」
やっぱりだ…本当に私の嫌な予感はよく当たる…今日の公演で脚を痛めたようで、テーピングでガチガチに固定する。
「これも、気休め程度にしかならない…また明日も巻こう」
「ッ…夏希…監督やあいつらに言わないでくれ」
至は弱々しく呟いて私を力強く抱きしめた。皆で作り上げてきた大切な大切な舞台。私が至の立場だったら同じことを言うと思う。
「…………」
抱きしめられていた手は離れ、何も言えずただ真っ直ぐ見つめられ沈黙が流れる。みんなに言わない、その選択は後々至を苦しめる結果になるかもしれない…だけど余計な心配をかけたくない気持ちもすごくわかるのだ。
「至の気持ちを尊重したい私と、いづみさんやみんなの気持ち…言って欲しかったってなると思うの」
「俺もアイツらの気持ちになれば言って欲しかったってなると思う。だけど、言ったらきっと舞台に集中できなくなると思う」
「わかった。舞台内の事は私は分からない…今回は、至の気持ちを尊重する。しんどくなったら必ず言ってね?……約束」
「うん、約束」
至とそう約束して部屋を出る。いづみさんに伝えておいた方がいいかもしれない…だけどっ…いづみさんの部屋をノックしようとした手を引っ込めて自室へと戻った。