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「おい、誰もいねぇのか」
崖っぷちにいるであろう、MANKAIカンパニー新生春組初公演はいよいよ明日が本番だ。ローカルテレビとはいえ、出演したおかげか問い合わせも徐々に増えてチケットは売れているそうだ。だが、あの松川が言うことだ信用はできない。調べさせた迫田曰く千秋楽の完売はまだみたいだ。
気になって劇団まで来てみたが、誰もおらず談話室へと入ればPCを前に寛ぐ女がいる…あぁ、松川が言ってたできる女とはこいつの事だろう。
「お前だけか?」
「えっと…あ、もしかして古市左京さんでしょうか?」
「……誰だ?」
「あれ…支配人や監督から聞いてるかと…初めまして、碓氷夏希です。劇団では主に家事雑用をさせて頂いてます」
慌てて立ち上がって90度まで頭を下げ丁寧に挨拶をしてきた。顔をあげればニコリと微笑んで俺を見る。どうやら俺に臆する事なく堂々としている。
「なるほどな、お前が夏希か。監督から話は聞いてる」
スラッと伸びた長い手足にサラサラの黒髪、弟に似ていや、弟が姉に似てるこいつ話には聞いてたが本当に、容姿端麗なのか…どことなく気品もある。
「古市さん、迫田さん、珈琲飲めますか?」
「いいんスか!?うっす!オレも兄貴も飲めるっすよ!」
「わかりました。砂糖とミルクいれていいですか?」
「オレは、砂糖はいい」
「オレは、両方入れて欲しいッス!」
わかりました、とキッチンへと向かい数分して戻ってきた。ふわりと香る珈琲に気分が落ち着く。目の前にはクッキーとチョコレート、それに淹れたてのホットコーヒーが置かれる。
「今、皆さんは劇場にいますよ」
「そうか、頑張ってるみたいだな」
「はい。みんな頑張ってますし必死ですよ。明日に向けて通し稽古してるはずです」
「そうなんスね!兄貴が嬉しそうッス」
「古市さんは、お芝居が好きなんですね。だからこそ、この劇団にお金を貸したんでしょう?でもこのままだと中々に厳しいですよね」
「まぁ、春夏秋冬グループが全部揃って公演をスムーズに行うことが出来たら借金生活とはおさらば出来るだろうな」
「なるほど…」
「古市さんは経営等得意ですか?いろいろと節約したい所もあって、良ければ現在の帳簿確認していただいてもいいですか?」
「あぁ」
綺麗に纏められたファイルを見れば月ごとの収支など食費、経費、光熱費など全て事細かに書かれている。ここまでだったとは、想像もしていなかった。
「独学か?」
「はい、支配人の今まで付けていた帳簿見せてもらいましたが…何に使っているか全くわからなくて、全て分けてわかりやすくまとめました…まぁ自己流なのですが」
「お前は、本当に高校生か…?松川が言っていたから信用はしていなかったが、どうやら本当にお前ができる奴と言うのは嘘偽りじゃなかったな」
「こうみえてももうずっと主婦やってきましたから!慣れっこです。古市さんは監督に会いに来たんですよね?呼びますね」
「いや、いい。明日からが本番だ。俺がいない方がいいだろう。期待してる、千秋楽に見に来ると伝えてくれ」
「わかりました」
柔らかい表情でニコリと笑って俺に手を振る。大概の女は怖がって目すら合わせねぇのに俺の顔と目をちゃんと見て話したやつなんて久しぶりだ。怖いもの知らずというか、内心驚きを隠せない…慣れねぇ。
「兄貴嬉しそうっスね!」
「あぁ、ああいう奴がいてくれて安心した。松川だけじゃ劇団は潰されちまうからな」
「えーっと、夏希ちゃんでしたっけ?真澄とか言う奴の姉さんなんスよね?」
「あぁ、調べたが碓氷真澄の姉だな。あれだけ似ていて姉弟じゃないと言われる方が不自然だ」
「いやぁ、でも美人だったッスよね!てっきり女優とかモデルかなんかかと思いやしたよ!」
「厄介な事に巻き込まれないといいけどな、迫田アイツを注意して見とけ」
「あいあいさー!」
劇団にとって、あいつは役者同様宝だ。食事もきちんと作っているし尚且つ家事もこなせる…学校の成績も良く問題も起こさない所謂優等生、こんな人材もったいないかもしれないが今本気で取り組んでるやつらにとっちゃ、アイツはもう大事な家族だろう。
あいつの周りをうろちょろと鍵回るヤツがいて気になるが迫田を付けておけば大抵は大丈夫だろう。
「あ、みんなおかえりなさい。いづみさん今日古市さん来ましたよ」
「え、左京さんが?なんか言ってた?」
「また、あの人来たんスか!?何にもされてないか?」
「帳簿見てもらって、珈琲飲みながらクッキー食べてました」
「女子会か!」
「左京さん何か言ってた?」
「期待してる、千秋楽見に来ると言ってましたよ」
「あの、左京さんが、期待してるって言ってたの!?本当!?」
「はい、本当です。なので頑張って左京さん見返さないとですね!」
古市さん優しいのになぁーと言えば皆から弱み握られてるんだろっ!と凄く心配される。
いや、だけど本当に凄く優しい人だったんだけれどなぁ…これ以上言うと少し悲しくなりそうだったのでやめた。