オレの役
「腰落とせって言ってたんだろうが!何度も言わせんな!」
「すみません!」
「またか…」
殺陣の稽古がはじまって数日経ったが、ここ連日の練習で咲也に疲れがでてきている。朝練をして学校行って、それから通常稽古に加えて殺陣の練習も入ったちょっとオーバーワークな気がするのだ。
「少し休憩入れましょう」
「ちっ、5分だけな」
「はぁ…はぁ…すみません!」
「カントク、俺どうだった?」
「真澄くんは勘がいいから、型も綺麗だよ」
「問題は、オレですよね」
「いつもの稽古に加えて殺陣の稽古だから、ちょっとオーバーワーク気味だと思う。せめて、朝練を休んだらどうかな?」
「大丈夫です!やれます!」
「足を引っ張るな」
「……ごめん」
思わず真澄の手をグッと引っ張って真澄はよろける。
真澄の言い方に凄くムカついて腹が立って手を引っ張ってしまった。
「真澄、言い方!」
「いいんです、夏希ちゃん。本当のことだから」
「咲也ドリンク飲んでちゃんと水分補給しよう。それとこれ、糖分も摂取しよう」
「ありがとう…」
咲也が無理をしているのが気になる…そう考えた矢先、万里から電話がかってきて通話していたらこんな時間になってしまった飲み物を取りに行こうと部屋から出れば稽古場の灯りが付いている。嫌な予感がしてしまう…咲也だろうか?そう思って扉を開ければ案の定咲也は1人で稽古していた。
「咲也……こんな時間まで練習してたの?」
「夏希ちゃん…お疲れ様」
「お疲れ様じゃないよ…もう夜中だし明日も学校あるんだよ?もう休もう」
「でも、あと少しだけ…」
「ダメだよ!いづみさんに言うよ?それに、むりして体壊したりしたらどうするの?」
「わかった…」
「手、痛むんでしょう?手当しよう」
「ありがとう…夏希ちゃんには迷惑かけてばっかりだね、最近俺付きっきりになっちゃってる」
「迷惑だなんて、思ってないよ。咲也、1人で背負いすぎないでね?無理もしないで、最近オーバーワークだよ…舞台良くしたいのはわかるけど、咲也が倒れちゃったら…明日は朝練休もう?私伝えておくから」
「不安にさせてごめんね…うん、オレ頑張るから。手当、ありがとう」
「咲也、違っ「おやすみ」………おやすみ」
私の言葉は遮られて咲也は稽古場を出ていってしまった…怒らせたかもしれない。だけど、あのまま続けてしまったら咲也はいつか倒れてしまう…電気を消して私も自室へと戻った。
「おはよう、夏希ちゃん。昨日ありがとうね」
「え?」
「咲也くん。止めてくれて」
「いえ…」
殺陣の稽古が始まって1週間咲也には荷が重かったのかもしれない…私が言えたことじゃないが、見ていて凄く怖い。凄く頑張っているのもわかる、だけどこんな短期間に詰め込んで…それに主演のプレッシャーもあるだろう。
「咲也!?朝練は休もうって」
「大丈夫!大丈夫だよ」
そう言った咲也はフラフラで倒れそうになったのを綴が受け止めたから良かったけれどこのままだと床に顔面強打だ。本当にいつか怪我をしてしまう。
「フリフリだよ!」
「ふらふら、な」
「みんな、殺陣を演目から外します」
私もいづみさんに賛成だ、このままだと咲也が倒れてしまう…そうなると舞台も全て台無しだ。
「なんで?」
「咲也君に負荷がかかりすぎてる。公演までに故障したり倒れたりしたら、全部が台無しになっちゃうから」
「大丈夫です!オレ、まだやれますから!」
「ワタシもはずずの賛成ネ」
「確かにここで無理はよくないと思う」
「俺はできる」
「今回の演出は、咲也君と真澄君が揃って初めて効果のあるものだから」
「アンタ、俺の殺陣ほめてたのに」
「2人にはまたどこかでやってもらうよ」
「ロミオ役を誰かと交換すればいい、そうすれば殺陣もマシになるだろ」
そう言った真澄の手を掴んでいた。なんで、そういう事言うかな流石に許せなくて泣きそうになった。
「真澄、アンタ何言ってんの?」
「………嫌だ」
「咲也?」
「嫌だ!絶対に嫌だ!ロミオ役は俺の役だ!!」
「おい、落ち着けよ!咲也!」
「あ……す、すみません…でもロミオ役を交代するなんて絶対に嫌です」
「そんな事しないよ」
「俺だって、お前の当て書きだって言っただろ?」
「真澄も拘りすぎ…夏希も落ち着いて」
「お願いします!俺頑張りますから、だから!」
「わかった。殺陣についてはもう少し考えよう。でも、無茶な練習を続けるようなら演出は外す。体調管理も役者の仕事だよ?連絡は以上だよ。みんな、練習を始めて、咲也君は見学ね」
咲也があんなに取り乱してるのを初めてみた…それだけロミオ役に強い思い入れがあるのだろう。凄く心配だけど、それと同時に咲也はもう役者なんだ。
稽古も終わってお風呂も入って後は自室に戻って自習でもしようかなと思っていたところだった。中庭には座って空を見上げている咲也が目に入る。
「咲也、何してるの?」
「あ、夏希ちゃん、夏希ちゃんこそどうしたの?」
「そろそろ自室に戻ろうかなって咲也はどうしたの?」
「眠れなくて、練習するとよくないから、散歩してた」
「じゃあ、ちょうど良かった私も眠れなくて、少し話さない?」
「もちろん!」
「咲也、今日のこと気にして?」
「うん…いろいろ考えちゃって…オレさ頑張っても上手くいかなくていつも失敗ばかりやっぱり、またダメなのかなって思ったら怖くなっちゃって」
「咲也は凄いよ。努力家だもん」
「ありがとう、でも、違うんだ。オレずっと親戚の家にお世話になってるんだ…いつも引っ越した最初は、今度こそ仲良くなろう。本当の家族みたいになれるように打ち解けようって頑張るんだ」
「うん」
「でも、いつも上手くいかない。結局別の親戚の所に預けられちゃうんだ…きっと俺が何やってもだめだから」
「そんな事ない。だって、今だってどんどん芝居上手くなってる、それに今までうまくいかなかったのは咲也だけのせいじゃない。人間関係は、相手あっての事だよ?咲也のせいじゃない」
「夏希ちゃん…ありがとう。やっとこの劇団でロミオ役って居場所を貰えて本当に嬉しかった。オレも劇団の一員として認めて貰えた気がして…だからロミオ役が交代するかもってなった時怖くなったんだ」
「咲也は本当に演劇が好きなんだね」
「学校で、夏希ちゃんが話しかけてくれて嬉しかったんだ…だから今こうやって演劇を始めるきっかけをもらった。本当にありがとう」
入学してクラスが一緒で隣の席の男の子、凄く嬉しそうに楽しそうにお芝居の練習をする咲也に私は、声をかけて演劇を好きな理由を聞いたのだ。
「The show mast go on……このロミオは咲也にしかできない役だと思うよ。」
「ありがとう」
「じゃあ、明日に向けて寝よう!ちゃんと食べて寝て稽古して本番まで時間もないんだから!」
咲也はにっこり笑ってそういった私の手を優しく握ってありがとうと言った。気持ちの整理がついてよかった。私では説得力の欠けらも無いし何の役にも立たないかもしれない、それでも咲也の事は家族だと思っているし尊敬もしている。
「うん、わたしこそありがとう」
暖かい咲也の手を握り返した。