ゲームよりも
昨夜の事で多少気まずい…夏希が用意してくれたであろう朝食を食べ通常通り出社の準備をする。にしても、今日は珍しく誰もいない。いつもなら真澄がソファーで寝てたり、夏希はキッチンにいる時間だ。
いつもなら、夏希が行ってらっしゃいと見送りしてくれるはずだが、今日はいない。学校の委員会でもあろうのだろう、今日は見送りは無しだ。
「イタル、いってらっしゃい」
「亀吉、俺の名前覚えたのか」
「イタル、オタク。あんまりゲームするなヨ」
「うるさいな」
今日の見送りは亀吉らしく、俺の肩にとまって悪態をつくうるさい、わかってる、だいたいオウムに注意されたくはない俺はやりたい事もやるし、やらなければならない事もきちんと全うしてるつもりだ、たぶん。
亀吉は肩から離れ、たぶん夏希のところに行ったのだろう、アイツ夏希の事かなり気に入ってるし。まぁ、俺もなんだけど。夏希からの見送りがないとなんだか…寂しい。いやいや、流石にこの思考はマズすぎる。
靴を履いて鞄を持ち上げた時だった、振り返れば今にも泣きそうな真澄がいる…え?
「待ってよお父さん!」
「待ってよ、パパ!」
「は?」
思わず間抜けな声が出た。制服を着ている真澄と、夏希は俺を泣きそうな目で見つめる。委員会じゃ無かったのか…いや、お父さんとパパってなんだよ。
「お母さんと離婚するだなんて嘘だろ!?」
「なんの真似だよ、真澄。夏希もどうした?てか、パパじゃなくてお兄ちゃんって呼んでください」
「お父さん!」
あ、ついつい本音が漏れてしまった事はあえてのスルーして、また新たな人物咲也が入ってくる訳が分からない…
「お母さん泣いてたぜ?親父だって本当は、信じてるんだろ?」
「待ってて、俺お母さんを呼んでくるから!お母さん!お父さんが行っちゃうよ!引き止めないと!」
はぁ…咲也と綴まで…え?監督さんがお母さん?と思ったのも束の間だった。現れたのはどキツイメイクを施したシトロンだった。
「ぐすん、ぐすん、私もスロット回すねゲーバで三連単当てるよ」
いや、それはアカン。違うよ、シトロン?いくら頼まれても引き受けちゃダメなやつだと思う。せっかくカッコイイ顔が台無しだ…つか、お母さん監督さんにしろよ…怖いわ!
「まさかのシトロンか…」
「ほら!お母さん!何か言って!」
「考え直せよ親父!親父の酒癖悪い所もギャンブル癖もみんなわかってるから!」
「パパ…行かないで」
酷いな俺の設定…夏希に至っては流石真澄の姉だ。演技がうまい…まさか上目遣いでこられるとは思ってなかった。もしかして…これ、ゲーム好きと掛けた設定か?
「お母さんも全部わかった上でお父さんと結婚したんだよ!?」
「お願いだから出ていくなんて、言わないでよ」
「親父、考えなせよ!」
「ぐすん、ぐすん」
「オレ、これからもお父さんと一緒に暮らしたいよ!」
咲也が俺の事を真っ直ぐみる。俺は、この目に弱い…全て見透かされそうで怖さもある。そして、咲也は演技で人を引き込む天才だ。
「………ふっ、あはははっ!」
「至が壊れた…」
「お前らバカすぎ」
「昨日の夜みんなで考えたんです。どうしたら至さんを引き止められるか、俺たちが至さんを演技で本気にさせてみせます!一緒にやりたいと思ってもらえるように!」
また咲也は俺の目を真っ直ぐ見て言った。俺はこの咲也に弱い…咲也は本当に有言実行する奴でいつもはド天然なのにこうやって説得力がある発言をする。
「だから!一緒に舞台に立ってください!俺たちのことを信じてください!お願いします!」
「咲也…すっかり座長ぽいな」
「え?」
「わかったよ、とりあえず、ロミジュリまではやってみる」
「本当ですか!?」
「あぁ」
「良かった…」
「おしたし、おひたしネ!」
「シトロンさん、めでたしですよ」
みんなが笑った。大人には色々あるけれどこうやってまた、信じてみてもいいかもしれない。
「ワタシ、夏希に、コスプレしてイタル、寂しいから行かないで言うようにお願いしたネ!」
「シトロン、真澄に殺されるよ」
「あぁ…案の定キレられて首締められてたっすよ」
「マジか……でもあり、俺は見たい」
「絶対嫌です。着ません」
「似合うと思うよ?コスプレしたら?」
「嫌です。至さんに上手いことのせられて、一回やるとずっとやり続けないとダメになっちゃうので嫌です」
「あ、オレは、制服の夏希ちゃんが1番可愛くて好きです!」
「当たり前姉貴は可愛い」
「………素直に喜べない。老けてるの?私、制服はコスプレじゃなくて…ちゃんとしたら女子高生なんだけど…」
「ち、違うくて!オレは、その!オレは女の子の中で1番夏希ちゃんが可愛いと思うよ!」
「咲也のバカ!」
「あ、照れたネ!」
「咲也それ、告白だからな」
「えっ!?待って!待ってよ!夏希ちゃん!」
「夏希はツンデレネー!」
「夏希はいつみても可愛いよね」
「至さんが最近真澄みたいになってて怖いです」
「アンタ達に姉貴はやらない」
この家に住むこいつらと、演劇を一緒にもうちょっと続けてみてもいいのかもしれない。