初代春組OB
稽古場を外からチラッと見てみればみんな朝頑張っているようで安心した。綴と真澄は相変わらずの様だけどなんとかやっているみたい。中に入って隅に座って黙って稽古を見学する。
「ごめんごめん、ジュリアス。次は僕がジュリアスのために走るよ」
「あんなことが何度もあってたまるか」
「見てよ、ジュリアス!もうすぐ夜が明ける」
これで…終幕やっとつっかえずに通し稽古が終わったようでいづみさんも少しほっとしたようだった。だけど、まだまだやる事や課題は山積みなんだろう。スっと表情が険しくなった。
「今、つっかえず通せたな!」
「スラスラ言えたヨー」
「そういえば、そうですね!」
「ちょっとずつ息があってきたのかも」
「最低限だけど」
そう言った真澄の背中を軽く叩けば睨まれた。
だって一言余計なんだもん、事実は事実なんだけれど、それを今言わなくていいのに…まったくもう。
「カントク?どうかしたんですか?」
「え?ううん。それじゃあ、今日はこの辺にしよう」
お疲れ様でしたと、解散になる。
やっぱりいづみさんは納得していないようで凄く考えているようなのでそっとしておこう。
ある程度やる事も終わったし、おやつにしようと思っていたら目の前にいづみさんが無言で私の頭を優しく撫でるので、いづみさんの分の紅茶とクッキーを差し出す。
「夏希ちゃん…」
「稽古の事ですか?」
「うん、そうなの」
「悩みですか?」
「せっかく上手くいっているのに、まだまだだって水を指すのも逆効果だし…みんなの意識を向上させる何かきっかけがあればいいんだけれど」
「なるほど…初代の方に来ていただくとか?少し調べたら、演劇学校の教師やってらっしゃる方がここのOBでしたよ?確か、春組だったかと」
「本当!?支配人に聞いてくる!」
そう言った、いづみさんは走って支配人の所へと向かっていった。どんどん進んでいくなぁと思いつつ紅茶とクッキーを頬張る。うん、美味しい。
久々に図書館で借りてきた本の表紙を撫でた…こうやってゆっくり過ごすのは久しぶりだ。
「おお、ちょっといいか?」
「んっ!ゴホッゴホッ」
急に声をかけられて、思わず噎せてしまった。
3時間くらい座ったまま本を読んでいたようで、視線をあげれば男性が立っていた。見覚えがある、確か私がいづみさんに話したのが2日前…どうやら連絡が取れたようで来てくれたみたいだ。
「おお、悪かったな、お前は…あぁ、ジュリアスの姉貴か。お前がここの家事全般やってるそうだな」
「あ、はい。支配人や監督さんにも手伝ってもらってますが…えっと…もしかして初代春組の鹿島雄三さんですか?」
「あぁ、そうだ。よろしくな」
わしゃわしゃと頭を撫でられる。
雄三さんに紅茶とクッキーを出せば座って私の目をまっすぐ見た。
「お前、アイツらの稽古を見てどう思った?」
「どうって…なんか、学校の演劇部みたいだなぁ…と」
「なんで言ってやらなかった?」
「自分達で気付かないと…それにお芝居をやってない人間が言っても説得力の欠けらも無いです。だから、言わなかったんです」
「なるほどな、お前昔よくMANKAI劇場やら俺の劇団も見に来てたろ?」
「え?」
「お前の容姿は目立つ、お前も俺の劇団で芝居やってみるか?」
「ちょっと!ちょっと!雄三さん、勝手に勧誘しないでください!困りますよ!夏希ちゃんは大事な大丈夫なウチの職員さんなんですよ」
「私は、お芝居は見る方が好きです…それに、私は演技の才能はないです」
「ちっ、わざわざ俺がスカウトしてるってのによぉ、まぁ、この劇団が潰れたら俺んとこ来い、面倒見てやる」
「ちょ、ちょっ!何言ってるんですか!縁起でもないこと言わないでくださいよ!」
「鹿島さん、どうでしたか?新生春組」
「鹿島は慣れん、雄三でいい。まぁ…ひでぇ芝居だった。300回くらいは席を立とうかと思ったぜ…神父はセリフが言えないならありゃダメだ、頑張って言ってると客に思わせると冷めちまう。マキューシオは脚本に思入れが強すぎて独りよがりになっちまってる。ティボルトはそもそもやる気がねぇ。お前の弟は監督気にしすぎてスカしてるところが見え見えでつまらねぇ…ロミオは芝居が何かわかっちゃいねぇ…こんな所か」
「なるほど…全員が全員今課題と向き合っているんですね…楽しみです」
「あぁ今日言われた事を糧にしてもっと磨けば良くなるだろ、紅茶美味かったよ、また時間があれば見に来てやると伝えておいてくれ」
帰って行った雄三さんを見送って晩御飯の支度をすれば全員が談話室へと戻ってきていて、傷心中のようだどうやら、コテンパンにされたみたい。
「みんな元気無かったですねぇ…このまま辞めちゃったりなんて…」
「大丈夫だと思いますよ?辞めてるならもう、言われた瞬間にやめてると思いますし」
「うん、その通りだよ。みんな前を向いてくれるはずだよ」
「私もできる限りサポートします、いづみさんも無理しないでくださいね?」
そう言えば、いづみさんは私をギュッと抱きしめて天使と呟いていた…えぇ…天使ってキャラでもないんだけど…苦笑いではい、と返すと。
いい匂いだからもう1回!と抱きしめられて嬉しくなって私も抱き返す。
「ホント、天使だわ…」
「私にとっての天使はいづみさんですよ」
「私も夏希ちゃんは天使ですよ!」
「支配人!何やってるんですか!?相手は女子高生ですよ!!ふざけるのもいい加減にしてください!」
「痛いッ!茅ヶ崎君も抱きしめてたじゃないですか!」
「一緒にしないで下さい!」
「………あはは…」
どさくに紛れて支配人も私に抱きつこうとした瞬間いづみさんに殴られてたのは言うまでもない。