飛躍のために

一通りの仕事を終わらせて支配人とゆっくりティータイムを楽しんでから自室へ戻って勉強しようと思った矢先、至が私の部屋のソファーで寛いでいた…何故こうも堂々とシトロンさんといい、至といい自室へ入れるんだろうか。

一応、女子高生なんですが?

「はぁ…何してるんですか?」

「え?寛ぎに」

「それは見て分かりますよ!なんで私の部屋に来るんですか!」

「ん?あー、空気悪くて居心地悪いから逃げてきた」

「逃げてきたって…また、真澄ですか?」

「まぁ、そうとも言うよねシャっ!キタコレ!」

「スマホ叩き割りますよ」

「敬語」

「はぁ…協調性皆無だから仕方ないかも。ただ、今回凄く気合い入ってるみたいで、空回りしてるのかも」

「気合い入ってる?真澄が?」

「うん…いづみさんに気に入られたくて、だとは思うけど、真澄は考えてる事言わないからなぁ…割と言いたいこと我慢しちゃうタイプ」

「大丈夫、それは無いと思う」

「私といづみさんだけか…」

昨日から妙に距離が縮まって困っている。今までの壁はどこへやらゲーマーとして堂々と接して頂いている。別にいいんだけど至のこの距離感が凄く困る…今も抱きしめれられてるし…こんなの真澄に見られた日には大騒ぎどころじゃないだろう。

「わかりました、これから私も稽古にお邪魔させてもらおうかな。いづみさんには誘われてたし」

「よろ」

とは言ったものの現状は変わらずで、私が入ったとて真澄が言うことを聞くはずもなく空気は相変わらず悪いままだ。

「ロミオ、お前は将来この家を背負って立つ男になる」

「この街を」

「え?」

「この家をじゃなくて、この街を」

「あ、やべぇ」

自分で書いたくせに、頭に入ってないじゃん。と真澄のその言葉でまた稽古が1度ストップする。真澄の言うこと自体間違っている訳では無いのであまり強く言えないのが辛い。確かにそうなのだ、真澄は間違ったことは言ってない…ただ、本当に言い方が問題なのだ、それじゃあ喧嘩売ってるのと同じだもん。

読み合わせを初めてから数日間経ったけど、未だ流れるようにいってなくてそろそろ立ち稽古に進めないと時間がない。それ以前として空気が悪いから練習!って感じには中々いかないけれど…真澄も真澄で言い方がほんとなってないからなぁ…

結局空気は悪いままで、いづみさんが今日は早めに稽古を終わらせてくれた。練習室には私と真澄だけが残る。

「真澄…真澄の言ってることは間違ってるとは思わないけど、言い方治さないとダメだよ」

「うるさい、姉貴には関係ない!俺は間違ってない」

「間違ってなくても言い方ってもんがあるでしょう?考えたらわかるよね?」

「でも、姉貴は役者じゃないだから黙ってて」

「真澄、私は役者じゃない。だけど、お客さんだよ。私は、皆の初めてのお客さんのつもりでここにいる。真澄は、なんのために芝居をやるの?」

「監督のため…」

「いづみさんの為なんだったら今は、逆効果になってるよ。真澄の発言でみんなの空気が悪くなってるんだよ?仲良しこよしじゃダメだけどアドバイスの言い方も考えないと」

「わかってる…わかってるけど」

「真澄が努力してるのはちゃんと見てるよ。影で努力しているのも私は知ってる。だけど、真澄だけが上手くたって舞台は成り立たないんだよ?」

「……わかった」

「まず、ちゃんと綴さんと話し合うこと」

「わかった」

そう言って練習室を後にした。
空気は最悪だったが、夕食時にはみんな普通にご飯を食べていてくれたので安心した。片付けが終わり、部屋に戻っている途中だった、綴、咲也、シトロンさんがなにやら中庭で騒いでいる。

「ゴキブリなら退治しないと!開けますよ!至さん!」

そう聞こえて2階から至さんの部屋を眺めた。面白い事になりそうだ、咲也だったらどんな反応するだろうか?ジャパニーズ干物…シトロンさんのそういう声が聞こえて思わず笑った。

確かに昼は王子様キャラで夜は、干物キャラは面白い。コアなオンラインゲーム…なんだ。明日から朝練を始めるようで朝食の時間をいつもより遅めに作って量も増やした方がいいかな…

「あ、支配人、少しお時間いいですか?」

「どうしました?」

「明日から朝練始めるみたいなので、7時頃で大丈夫ですよ。なのでゆっくり寝てください」

「あ、そうなんですね…なんだか初代を思い出しますねぇ…」

「初代も朝練を?」

「あの方達は暇さえあれば稽古していましたよ…本当に演劇が大好きだったんだと思います」

「そうだったんですね…」

「だから今は本当に感慨深いです」

「あ、支配人って初代冬組リーダーの方ってわかりますか?」

「わかりますが、連絡は取れないですね…」

やっぱりか…期待はしていたが断られるだろうとは思っていた。それならもうとっくに連絡していてもおかしい話では無いのだし。

「そうですか…」

「何か理由でも?あ、もしかしてファンだったり?」

「そうなんです。昔、父に連れられてここに来たことがあったんです。迷子になってしまって誤って舞台裏に迷い込んでしまって…その時助けてもらったんですが、未だお礼が言えてなくて…」

「そうだったんですね…でもきっと、またもう一度会えると思います!その時まで頑張りましょう!」

「はい、ありがとうございます。おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」

小さい頃、父に連れられてここMANKAIカンパニーの劇団にやってきたことがあった。子供ながらに一張羅の可愛らしいお姫様みたいなドレスを着て、小さな花の着いたミュールを履いた覚えもある。

大好きな父と2人で出かけてお芝居を見たのだ。
王子様とお姫様の話で悲しい悲恋の物語だったような気がする。子供ながらにお姫様が亡くなった事が辛くて終わったあとにワンワンと泣いたっけ。

"お姫様、どうしたんだい?"

"王子様だぁ!"

"お父さんとはぐれたのかい?名前は?"

私を、軽々と抱き上げて優しく撫でながらそう言った…泣いていた私はいつの間にか笑顔で名前を言っていたそうだ。父は私を探し回り、見つけた時には何度も何度も頭を下げていたらしい。

初めて見たあの日から私はあの人に虜だ。

もう一度会って、ちゃんと、ちゃんとお礼が言いたいのだ…

飛躍のために

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