ふらりと傾く体に急いで手を伸ばす。ギリギリのところで受け止めおい!と呼ぶけど歩惟はピクリとも反応しない。苦しそうに顔をゆがめて、荒い息をしている。このままじゃ。急いで救急車を呼んで必死に声をかけ続ける。すると突然浴槽とトイレがあるであろう小さな扉が開き、そこから小さな子供が顔を出す。女の子。この子が。そう思った瞬間その子は母さんから手を話せ!!と叫ばれた。洋亮!とその子がいうと俺のほうに桶が飛んでくる。歩惟にぶつからないように片手ではじく。そして見えたのは俺の見知った後輩とそっくりな子供だった。倉持・・・?そう声を出してしまうほど、そっくりだった。あのやんちゃそうな顔も。生意気なところも。母ちゃんから手を話せ糞野郎!そう叫んで子供たちはそこにあった座布団やら何やらで俺を殴ってくる。とにかく落ち着かせようとするがなかなかおさまらない。俺が何を言おうとしても耳を傾けることはない。きっとこの子たちにとって歩惟はかけがいのないやさしい母だったんだろう。

「母さんをかえせ!母さんを取らないでぇ!!」
「どっかいけ悪者!!母ちゃんをつれていくな!!」

半泣き状態で必死に俺に攻撃してくる子供を見て胸がいたくなる。きっと話を聞いてたんだ。それで引き離されると思ったんだ。確かに、最悪そういう事態に陥ってもおかしくはなかった。一番子供のことを考えていなかったのは、俺だ・・・。

「どこにも連れていかないし、俺はお前たちの母さんを助けたい。だから、力を貸してほしい」
「うそつき!はなしぜんぶきいてたもん!」
「うん。ごめん。俺が悪かった。全部おれが間違ってた。ほんとに反省してる。」
「・・・じゃぁ、もう母ちゃんつれてかない?」
「うん。けど君たちのお母さん今危険な状態なんだ。病院に行かないといけない。着替えとかタオルとか、ある?準備しておきたいんだ」

俺がそういうとどっちに似たんだか、両方に似たんだか、素直に着替えやタオルの場所を教えてくれる。荷物を急いでまとめ、救急隊員の人に簡単に事情を説明し、子供もつれて病院に向かう。すぐに検査をされて薬が処方されることになった。子供たちはすでに母親の傍に寄り添っており、もう大丈夫だと伝えているから安心した顔で楽しそうに絵本を読んでいた。おれはその間に担当の医者に話を聞くことになった。

「あなたと彼女の間柄を先に聞いてもよろしいですか?」
「高校時代の先輩後輩です。それからも子供が生まれる少し前まである程度親しい間柄でした」
「では子供たちの父親ではないんですね」
「はい。でも父親はわかりました。自分の後輩です」

そうですか。そういって医者は大きくため息をついた。あまり身内以外にはなすのはよくないんですが彼女の場合は誰かに支えていただく必要があるのでお話ししておきます。お願いします。彼女は妊娠して悪阻が人一倍ひどくて入院を要するくらいだったんです。それでもお金がないからといって彼女は結局一人でそれを乗り越えました。その疲労が残ったまま一人で子育てをして、双子ということは夜泣きも一人より二倍になるんです。それを一人で世話をして、働いて、子供たちをちゃんと学校に通わせている。ほんとうにそれは立派なんです。普通の親は育児を投げだすくらいです。その言葉を聞いて自分のぶつけた言葉を思い出し、また胸が痛んだ。何も知らないくせに、俺は何を言ってたんだ。彼女はもともと体が強いわけではないみたいです。それに加え、出産、子育て、過酷な仕事。いつ倒れてもおかしくないくらい疲労していたんです。今回はあなたとの口論でその均衡が崩れて倒れたんでしょう。こちらとしては、しばらくはこれを機に安全にしていてほしいと思います。次、同じように倒れたとき、命に係わる可能性があるとそのくらい注意しておいてください。

「ちゃんと安静にしていれば少しずつ良くなっていきます。どうか彼女を一人でこれ以上頑張らせないでください。これは医者ではなく、一人の人間としてお頼みします」

先生に深く頭を下げて部屋を出る。ふぅ。と息を吐いてつむじを抑えた。言えるわけない。頼れるわけない。あの子供たちが、倉持の子供である限り。親は絶対に父親のことを探そうとするだろう。俺らの誰かに知られても、きっと倉持に伝わっただろう。そうなれば倉持は柚希と歩惟の板挟みになって動けなくなってしまう。そう思ったから歩惟は身をおとなしく引いたんだ。あいつが柚希のことを好きだったのを知っているから。ほんと、何やってんだよ俺は・・・。
病室の前まで戻ってきて部屋をノックしようとすると中から子供たちの声が聞こえた

「もう、またお兄ちゃん来たの?」
「ほんとに母ちゃんだいすきだな」

誰がいるんだ。そう思って隙間からそっと覗くとそこにはうっすら、何かが見えた気がする。よく見るとそれは俺のよく知る後輩の姿だった。子供たちはそれがだれかは知らないはずなのに親しげに話していた。でもお兄ちゃんが来たってことはお母さんもう大丈夫だね。おう!兄ちゃんは母ちゃんと俺らを守ってくれるやさしい守護さんだもんな。その言葉に御幸は切なげに眼を細める。子供たちは御幸が何を言ってるのか聞こえるみたいだが俺には聞こえない。ただうっすら、ほんとにうっすらその姿が見えた。お兄ちゃんは俺らの父ちゃんじゃねぇんだよな。お兄ちゃんがお父さんだったらよかったのに。そしたら母さん寂しくなかったのにな。俺らの父ちゃん、なんで母ちゃんのこと捨てたんだろ。その言葉を聞いて俺が病室のドアを開けた瞬間子供たちは慌てて俺に今来ちゃダメ!と叫ぶ。御幸は立ち上がって子供たちをひとなですると俺のほうを見て深く頭を下げる。そして消えていった。俺はそのままベッドに眠る歩惟の傍に行く。そして迷いを打ち消した。
子供たちの前に行ってしゃがんで目線を合わせ初めまして。と自己紹介から始める。俺は小湊亮介。歩惟の、二人のお母さんのお友達なんだ。あのね、君たちのお母さんに俺はこれ以上無理をしてほしくない。だから俺が守ってあげたいって思ってる。歩惟も、君たちも。だから俺と一緒に暮らしてほしい。俺の家に一緒に住んでほしい。お願いします。そういって頭を下げる。子供たちは意味を理解していないらしく首をかしげた。今の家じゃなくて、俺の家で4人で暮らしてほしいんだ。やっぱりよく意味が分からないのかまた首をかしげる。このあほ顔、ほんとにあいつらそっくり。大丈夫だよ御幸。この家族は今度は俺が守るから。死んでまでこいつら守っててくれてありがとう。気づくの遅くなってごめん。
御幸の死後、柚希を支えた倉持は間違っていないと思う。ほんとうにあいつはあの時倉持がいなかったら死んでたかもしれない。そのくらいの精神状況だった。でも、だからといってこいつが一人で無理するのはやっぱりおかしい。あの状況で俺を含め、みんな柚希のことしか頭になくなってたけどさ。ここには俺らが守るべきもう一人の大事な後輩がいるんだよ。みんなには言わないよ。こいつを守るために。倉持にも、俺からはいってやんない。自分で気づけよ、馬鹿。


ここに誓いを

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