私が苦しい時に限って傍にいてくれるのはなぜか御幸だった。それは高校の時からそう。友達といざこざがあったとき、先生に変な疑いをかけられたとき、誰彼かまわず付き合った男の一人に襲われかけたとき。そして、悪阻を耐えているとき。そこにはいないのに、うっすら影のようなものが見えて私の背中をさすってくれた。一人ぼっちで不安だった生活で唯一の救いはそれだけだった。好きだった男。結ばれることのなかった男。でもあの人は私の中でやっぱり特別だった。呼びたい名前を呼べない私を何度も頭をなでて慰めてくれた。大丈夫。そういって励ましてくれた。出産のとき、言いようのない恐怖で押しつぶされそうだった。そんな私の手を私以外のだれにも見えない、御幸が握っていてくれた。昔と同じように大丈夫。そう繰り返してくれたから私は頑張れた。双子を授かったため、帝王切開となった。おなかに刃物がつきささるなんて恐怖でしかない。でも力んで先生の邪魔をするわけにもいかない。そんな私を励ましてくれるのはやっぱり、あいつじゃなかった。幽霊になった、御幸だった。
子供が生まれてその子に私がそっと触れると御幸は顔をゆがめてごめんな。と謝った。きっとそれはこの子たちから父親を奪ったことについてだろう。御幸が生きてさえいれば倉持は確かにずっとそばにいてくれて、この子たちのことも認知して、結婚してくれただろう。でもそんなこと御幸にはどうしようもなかったんだ。飲酒運転をしていたあの未成年の無免許の少年にいってはなんだがすべての責任がある。御幸を轢き殺し、あまつさえ逃げたあの少年に。結局つかまったけど。苦しそうな御幸に今度は私が大丈夫。と言って手を握った。そりゃ不安でいっぱいだけどさ、でも頑張れる。この子たちのためなら。ほんとにそう思ったんだ。
御幸のことは子供たちも知らない、私の秘密。というより、言いようがないんだけど。たまに子供たちが変な兄ちゃんが家にいる!と騒ぐときがある。その場面に私は出くわしたことはないがたぶん御幸だろう。本人に聞いたら苦笑していた。わたしじゃなくて柚希ちゃんのとこ行きなよ。っていっても御幸は首を横に振ってあいつは大丈夫。と繰り返した。男とは本当にいい加減な生き物だ。倉持も、御幸も、全然大丈夫じゃないからお互いに支えをもらっているんじゃないか。わたしと彼女は。

あれから3回目の休日、ピンポーンとインターホンが鳴る。この家のインターホンが鳴ることはそうそうない。この家のことを知ってる人なんて誰もいないからだ。訪問販売か何かかもしれない。子供たちには奥に行ってなさい。といって玄関に言ってのぞき穴から外を見ると予想外の人物に目を丸くする。

「いるんでしょ。そこに。さっさとここ開けなよ」

亮さん。そう倉持が慕っていた人がそこにいる。私も面識はあるし、集まりにも何度か参加させてもらったからある程度の仲ではあるけど、でも、なんでこの人が。チェーンをつけたままゆっくりとドアを開けるとやっぱりそこには小湊先輩がいた。なんで、先輩がここに。倉持からちょっと話聞いて。心配そうだったから代わりに俺が様子見に来たんだけど・・・。お前、ここがどんだけ危ないか分かってる?ていうか、ここで話するつもり?家に入れるつもりはない?家には正直入れたくない。だって優夏はともかく、洋亮を見られたらきっとばれる。私がここに越してきた理由。でもこの人は家に入れないと何をするかわからない。少し待っててください。と言って優夏と洋亮に人が家に来るから浴室に隠れているようにお願いした。内から鍵をかけて、決して何があっても鍵を開けないように言いつけた。お尻がいたくないようにクッションを入れて図書館で借りてきた絵本とお水のはいったボトルを渡し鍵を閉めたことを確認してから亮さんを迎えに行く。
どうぞ。といって家に招きいれるとリビングに亮さんは座り、お茶を入れてから私も正面に座った。お前、ちゃんと飯は食ってる?食べてます。どこが?そんなにやつれた顔して、細くなって。今子供もいるんでしょ?そんなのでやっていけると思ってるの?大丈夫です。お前が大丈夫とかじゃなくて、子供のこと、もっと真剣に考えてやんなよ。こんな環境で、苦しい生活させられて、かわいそうだと思わないの?そうしなきゃいけないならわかるよ。でもさ、お前には頼れる人間がいるよね?親だっているでしょ?そういう人、プライドから許さないかもしれないけど頼ってやっていかないと子供が不自由だろ。亮さんの言葉はすごく正しかった。そうわかっていたからこそ胸がいたかった。説教なら帰ってください。間に合ってます。ちゃんと自覚してます。してない。してたら今すぐにでも親元に連絡して助けを求めるだろ。親が嫌なら友達でも何でもいい、頼れるだろ。なんで頼ろうとしないのさ。お前。・・・・せっかくの休日なんです。疲れてるんでもういい加減帰ってもらえませんか。用事はないんですよね。用はある。お前がこのまま勝手なことをするなら俺も黙ってるつもりはない。お前じゃなくて子供がかわいそうだから。だから勝手に親のほうには俺が連絡する。居場所も、事情も全部言う。それでも、いい?

「やめてよ!先輩関係ないじゃんか!なんで、なんでそんなこと口出しされなきゃいけないの?!」
「お前が身勝手なことをやってるからだよ。一応先輩だいしね」
「先輩だったら人の家庭に口出ししていいっていうの?」
「虐待されてる子供を保護するのと同じ話だよ」
「なに、それ・・・・」

じゃぁ、私のしてることは虐待って言いたいの?こんな狭くて汚くて隙間風の入るような部屋で、ぎりぎりの生活。ランドセルも買ってあげられない。ゲームも買ってあげられない。絵本すら借りてきて、休日はそれを3人ならんで読むことしかできない。誕生日すら、まともに祝ってあげれない。そんな、そんな・・・

「そんなの・・・わたしが一番よく・・・わかってる・・・のに・・・」

ふらり、と体が傾くのがわかる。あれ、体に力が入らない。なんだろう、すごく体が重たい。いうことを聞かない。だめ。今倒れたら、明日からあの子たちを誰が守ってくれるの。優夏、洋亮・・・。ごめんね。お母さん、二人を守るには弱すぎたよ。ちらりと一瞬焦った顔の御幸が見えた気がした。ごめんね。いつまでも心配かけて。


弱者でありながら強者でいたかった

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