柚希さんに会いたい。私がそういうと先輩は顔をしかめる。どうしても、渡さなければならないものがある。言わなければならないことがある。そういうとお前が悲しい思いをしてまでする必要のあること?と聞かれ頷いた。たとえそこがすでに倉持と柚希さんの世界になっていたとしても、それでもいかなければならない。そういうと先輩はしぶしぶ了承してくれて、あっちと連絡を取ってくれる。子供たちが心配しないようにクラブ野球のある土日に子供たちを見送ってから二人の住んでいる家に向かうことになった。
そこは立派な高級マンション。生前、御幸が柚希さんと住んでいた場所だ。中に入ると困惑した顔の二人が出迎えてくれる。そっちも子供は違うとこに預けてるらしい。向き合う形で席に座り、入れてもらったお茶を一口飲んでから紙袋に入れてきたそれを柚希さんに渡した。不思議そうにそれを見つめていたので中を開けて確認するようにお願いすると素直に従ってくれる。袋の中から出てきた小さな箱を見るとだいたい中身が想像できたのか余慶に首をかしげていた。だからその箱もあけて刻まれている文字を確認してほしい。というと彼女はまた素直に従い文字を読むと目を見開いて私を見る。やっとそれが何か理解したのだ。

「御幸の最期の立会人はわたしです。御幸は、私の目の前で死にました」

驚いて目を見開いている3人にやっぱり知らなかったのか。と苦笑するしかなかった。それもそうだろう。だって、あの時最後にだれが看取ったなんてもの気にする余裕なんて誰もなかった。事故によって死んだ。相手を恨むことはあれど、最期をみとった人間を調べようとはしなかった。それどころじゃなかったから。
今でも覚えてます。彼の目が閉じる瞬間。持ち上がっていた手の力がなくなり、落ちていく瞬間。どれも鮮明に覚えてます。広がっていく赤も、かすれるあいつの声も。なにより、自分の手が届かなくて車と彼が衝突したときのことを、忘れることなんてできない。地面に横たわる彼はそのあと、目を覚ますこともなかった。ただその指輪と託を私に託して目を閉じました。

「柚希、愛してる。それが最後の彼の言葉です。彼が生前最後にいってのけた・・・・くさいセリフです。今日はただその言葉とそれを渡すためだけに来ました」
「かず・・・やっ・・・」
「あなたがそれをどうするかは自由です。確かに、渡しましたから」

そういって席を立ち上がろうとすると待って!と止められる。振り返るとなんで最後に一緒にいたの?と聞かれ息をのんだ。一緒にいた理由って、あれしかないんだ。

「当時、結婚しようって話をしていた人がいたんです。その人との指輪をこっそり一人で買いに行ったら偶然会ったんです。御幸に」

その言葉を聞くと倉持が大きく目を見開く。知らなくて当たり前だ。買って数日後に別れ話をされたのだ。その指輪は渡されることもなく、今もひっそりとしまわれているのだから。御幸の指輪を閉まっていた引き出しの中に。それだけは売ったりなんかできなかった。

「あの日、実はわたし御幸に聞いてほしい話があったんです。」
「聞いてほしい、話・・・?」
「ずっと好きでした。そう伝えたかったんです。高校生のころからずっと、あなたよりも先に好きになりました」

私は結婚しようと話していた人がいました。その人としっかり向き合いたくて、振られようと思って引き返したら初恋の人が目の前で死にました。冷たくなっていくのをこの手で、この肌で感じていました。けど悲しむ暇もなく事情聴取をされ、お葬式に何とか出席すればみんな泣いているあなたのもとに集まっていました。目の前で、初恋の人が死んだって、結構ショック大きいんですよ?数日、ものをまともに食べれないくらいには。でもそんなのだれも気が付いてくれないんです。結婚の話も破談になりました。

「ねぇ、いい加減被害者面するのやめてもらえないかな。」
「っ歩惟そんな言い方は」
「倉持は黙っててよ。これは女同士の、話だよ」

自分が一番不幸だなんて思わないでよ。あなたは私の好きな人に好きになってもらえた。結婚するはずだった男もあなたを支えるために私を捨てた。先輩も、後輩も、泣いているあなたに付きっきり。事故の瞬間を夢に見て飛び起きた私の手を握ってくれる人は誰もいなかった!!怖くて震える体だって自分で抱きしめるしかなかった!!何度も助けてって心の中で叫んだって・・・・誰もいないし、来るはずもない。

「そんなんじゃいつまでたっても御幸が安心できないよ。いい加減さ、人に甘えるのやめたら?」
「いい加減にしろ歩惟!それ以上何か言う前にここから出てけ!!」

ぼろぼろと涙を流す柚希さん。その隣で本気で怒っている倉持。唖然としている先輩。また、あなたはその子の味方をするんだね。高校生のときも、事故の時も、あなたはいつもその子ばっかり。いつも、私を見てくれることはない。ほんと、ばっかみたい。倉持が口をもう一度開いた瞬間私の耳を何かが塞ぐ。ふいっと背中を向くように肩をひかれた。聞かなくていい。その声を聞いてぽろりと涙がこぼれた。うつむいているあの子は気づいていなかった。私の後ろに今いるその人に。倉持は泣いている柚希さんのを慰める。その隙に私は家をゆっくりと出ていく。エレベーターにのって下に降り出した瞬間倉持がエレベーターの入りぐちからみえた。ひどく焦った顔で何かを叫んだ。けど両耳を幽霊の御幸の手が塞いでいるからか、何も聞こえない。ゆっくりと見えなくなるまであなたの姿をみつめた。


沈んでいくわたし


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