君に唇を奪われたい
会場中が湧き上がる。この空気は怖いと思うと同時に言葉にできない感覚を呼び起こす。ここが私の戦場。ここが、私の今から戦う場所だ。大きく息を吸って元気よく挨拶をする。きっと最初で最後、君に会えるのも、君がわたしの姿を見てくれるのも、きっとこのときが最初で最後。ここを一度去ればきっと二度と君はわたしと会ってくれないだろう。君の今の恋路を邪魔しても同じことだろう。拒絶されるくらいなら、拒絶されない距離にいよう。目を合わせてくれないなら、ばれないように見つめていよう。届けたい思いは全部、歌にしてきた。全部、私の気持ちも、想いも、ここに残されていく。これだけがウソのない真実。誰にも信じてもらえなかった、わたしの本当の気持ち。君の隣にいれたわたしだ。
「一曲目、盛り上がるこの曲で行きましょう!恋花火!」
在学中の学生のバンドと合わせて曲を弾き、歌を歌う。ねぇ、覚えてる?この曲はね、洋一。一緒にお祭りに行った時のことを思い出しながら書いたんだよ。覚えてる?一緒にやった金魚すくい。洋一のほうが上手だったよね。でも射的は私のほうがうまかったね。いっぱいいろんなものを食べて花火を見上げて、また来年も一緒に行こうって私が誘うの。この曲だけじゃないよ。全部、全部洋一を思って。
盛り上がってくれてるかな〜?と曲と曲の合間に観客に聞くと大きな返事が返ってくる。ありがとー!と返事をして時間がないから次の曲へと移る。この曲はね、君にメールが届かなくなった日を書いたんだ。届かないメールが悲しくて、苦しくて。いっぱい泣いたんだよ。何も言わなかったのは私の甘えだよね。だから、自分が悪いってわかってる。けど、それでも、それでもわたしは、苦しかったよ。送れない未送信メールがいっぱいできた。だから、ねぇ、今だけでいいの、気づかなくていい、わからなくていい、何も知らないままでいいから、少しだけ我儘を聞いて。この時間が終われば二度とあなたの前に姿を現さないと誓うから。今だけはわたしの我儘を聞いてください。どうか私に、勇気をください。
二曲目を歌っただけで正直くたくただ。ほんと、体力ないな、わたし。でも、きっと歌を聞いてもらえるのは最後だから。洋一は、私なんて大嫌いでしょ?ほんとは顔も見たくないんでしょ?最低な裏切り者。わかってるよ。でもね、全部あのころに嘘なんてなかったよ。嘘が始まったのは一人ぼっちになってから。うそばっかりついてきた。嘘で塗り固められたものばかりだった。こんなことになるなら、こんな世界に来るんじゃなかった。返りたい。そう願ったこの曲だけは、最後に聞いてほしい。今日、わたしは最後にホントのことをいいます。これが最後のわたしのほんとです。だから、どれだけ嫌いになってくれてもいいから聞いてください。
「帰りたい、あの時間と場所・・・・」
ギターをひく手に無駄な力が入る。必死に息を吐いて力を丁度良く抜いて音を響かせる。客席を見て洋一を探し、体育館の一番後ろに騒いでる沢村君のとなりに彼を見つける。目にじんわりと涙が浮かんだ。ありがとう。来てくれて。ありがとう、もう一度口を聞いてくれて。ありがとう、こんな楽しい場所にいてくれて。大好きでした。
「ああ、あの場所に帰りたい。そう迷子の私は駄々をこねる」
歌い切ると歓喜の声で会場がつつまれる。ライブは成功だ。そのことに安心し、そして初めてちゃんと届けられたことがうれしくて涙がこぼれそうになる。それをぬぐって手を振って深く頭を下げてから会場を後にする。いまだに震えが止まらない。今までで一番緊張した。待機室にしばらく閉じこもっているとノックされてどうぞ。返すと洋一が入ってきた。驚いていると洋一は、気まずそうな顔をしている。うん。だから決めてたんだ。ホントをいうのはあの瞬間だけ。あとは全部うそで塗りつぶすんだ。生まれて初めて、洋一に嘘をつく。
「俺さ、杞紗が好きなんだよ。やっと前向きになれたんだ」
「そうなんだ。杞紗ちゃん美人でいい子だもんね。うん」
「あのよ、さっきの歌って・・・・」
「いい曲だった?どうせ今まで一度だって聞いてくれたことなかったんでしょ?」
「まぁ、な」
「なによう。人に共感される言葉を詰め込んだんだから洋一もちょっとは泣いてくれてもいいんじゃない?」
うまくいったご褒美にちゅーして。というと洋一はうるせぇ!と叫んで出ていく。足跡が遠くなってから涙をぼろぼろとこぼした。


君に唇を奪われたい

prev / next
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -