罪びとのように
朝からなぜかすごく学内中が騒がしかった。それは部活の時も同じで俺はなんだ?と思いながらも深く考えることはしなかった。どうせ関係ねーことだろうし。そう思っていたのに案外その理由はすぐに分かった。
「お、おれ、saeの歌声をこんな近くで、生で見れるなんてっ」
「お前最近泣きすぎだろ。」
「うおおおおお。もう人生に俺後悔ねぇよ」
「まだ来年の大会あるだろ!何言ってんだ」
ああ、そうか。あいつの生ライブがあるんだっけ。それで盛り上がってるのか。もっち先輩はsaeさんの歌聞いたことあるんですか?あ?ガキのころならあるけどあいつがそっちの世界になってからは一度もねぇよ。そうなんすか。てっきり詳しいのかと思ってました。なんて会話を沢村としているとなんてもったいないことしてるんだ?!とすでに野球部公認のsaeの猛烈なファンである部員がいきなり語り始める。
ファーストシングルは強い猫っていう名前で難しい恋心を歌ってだなぁ。セカンドシングルは宇宙に飛び立つっていって孤独とか友達とかそんなのの歌で、何より俺らに縁があるのが恋する球児っていうシングルでさ、野球部との切なかったり、可愛かったりする歌で。あれには俺もう自分のこと言われてるんじゃないかってどきどきしたわ。三日後に発売が決定してるチョコレートコスモスっていうのはsaeの初めてのアルバムで新曲と今までの名曲とか、初回限定版にはsaeがデザインしたお守りとポストカードがついてて、そのポストカードには本人が書いたメッセージもついてんだよ。もうなんだよこの素晴らしい特典たち!!
とりあえず恋するなんちゃらは絶対にお前のことじゃねぇから安心しろ。と言ってやるとひどい!!とそいつは泣き叫び、飛び出していく。おまえ、逆にそう思えるってどんだけポジティブなんだよ。その精神力は野球にいかせよ。
「倉持たちはどうする?」
「なにが?」
「武田がsaeのCD貸してくれるっていうけど、どれか聴くか?」
「あ〜、俺は遠慮しとく」
「俺は聴きたいです!」
「ほんと沢村は元気だな。じゃ、いっぱいあるから好きなの選べよ」
あざっす!と叫んでる沢村を置いてそこを出る。あいつが現れてからずっと俺の周りはsaeばっかりだ。二度と関わりたくねぇと思ってたのに、なんでこうなった。イライラする。
「だからちゃんと約束は守るっていってるじゃない!!」
突然の怒鳴り声。散歩のつもりで学内を歩いていただけなのに何の運命だよ。と一瞬考えたがそれよりも気になることがあった。あの声、間違いない。俺は息をひそめて先ほどの声がした方にあるいていく。
「ですが三日後にアルバムだって出るんですよ。今どうにかしないとsaeの」
「あなたはいつもそう!『sae』、『sae』っていつも利益の話ばっかり!もううんざりなのよ!」
「利益の話ばかりするっていうのは当たり前です。あなたはそれで生活をしてるんですよ」
「もうわたしはやめたっていい!この時間は、この時間だけは自分のために使うって決めたのよっ」
「小絵、でもあなたは」
「それ以上何か言うなら事務所に電話してマネージャー変えてもらうから。あなたのことなんか、一切信用してないこと忘れないでよね」
そういうと小絵はその女の人を突き飛ばして俺のほうにあるいてくる。一瞬だけ俺と視線が合うとすぐに駆け寄ってきて洋一君と笑みを浮かべた。今の、なんだったんだ。そういや確かにこいつしょっちゅうここにきて仕事なんかしてないんじゃねぇか。そう考えたとき、小絵は俺の目をじっと見つめる。言いたいことは山ほどある。けど、いえねぇ。その目が何も聞くな、何も言うなって俺に訴えてきたから。
なぁ、お前何があったんだよ。そう昔の俺ならきっと聞いてやれたのに。この目に屈することなく言えたのに。今の俺が言えるわけねぇ。この目に後ろめたいことがあるのだから。お前を捨てて違う人をすでに選んでしまったんだから。

罪びとのように

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