No.4 | ナノ

それは突然のことだった。予想していなかったわけじゃない。でもそれはもっと先の話だった。私の妄想の中では。不思議そうな顔をして樋野くんが私を見つめ、先生?と声をかけてくる。その声で我に返って必死に笑みを作る。ああ、本当に、本当にこんなことになるなんて

「ひさ、しぶりだね。」
「え?先生知り合いなの??」

驚いた顔をする樋野くんに同級生よ。と教えるとじゃぁあの世代の人たちと知り合いなのかよ?!いいなぁー!とため口になるからわたし先生。といってデコピンを食らわせる。すこし顔をしかめた樋野君もスキンシップだな!これも!とか言ってすぐに笑顔になるんだからこっちがあっけにとられる。まったく、どれだけポジティブにとるのよ。馬鹿ねぇ。といってつられて笑えば樋野君は歯を見せてにかっと笑う。
御幸。と野球部の監督であり、この学校の教師も務めている片岡先生が呼ぶと御幸は一瞬だけ私を見てあとで話がある。と横を通り過ぎる時に耳打ちされた。そのまま背を向けて去っていく彼に、私が何を言えばいいんだろうか。話がある。それはどのことだろう。勝手に出ていったことについての文句か、それとも勝手に物を捨てたりしたことへの文句か。なんにしろあまりいいことではない気がする。いや、私と彼の会話で明るい話ができるというのが無理なことなのだ。ふぅ、と息を吐けばなの?と心配そうに樋野くんが覗き込んでくる。大丈夫よ。それと、私先生。そういってもう一度デコピンをしたら照れ臭そうに顔を背けられた。え。もしかして・・・・

「私の名前、呼んだのだけで照れたの・・・?」
「ち、ちげぇよ!熱いだけだっつの!」

明らかに動揺している。な、なんてかわいい反応なんだ。いつも押せ押せのくせにこんなところ純情って、かわいすぎる。純情だなぁ。なんてにやにや笑うとうっせ!ばーかばーか!と叫んでまた走り去っていく。やばい。楽しいかもしれないこれは。さっきまでの暗い気持ちが一気に吹っ飛ぶ。ほんとに樋野くんってすごいなぁ。ほんと、いつも元気もらってばっかり。いつか、ちゃんと返せるようになりたいな。いろんなことに対して


小テストの問題を作って誤字脱字の確認をし、計算に間違いがないかをやり直す。機械も使って確認が済むと大きく背伸びをした。案外時間がたっているものだ。すっかり日が傾いている。お昼から進めた作業とはいえ教師というのもほんとに楽な仕事じゃないな。これが苦にならないのだから、私はやはりこれが天職なのだろう。
荷物をまとめて帰る準備をする。残っている先生たちにお先です。とあいさつをしてから学校の校舎を出る。そのまま歩き出すとそれはひどいんじゃない?と突然人の声がした。驚いて振り返るとそこには思った通り、彼がたっている。ああ、そうだ。忙しくてほんとにすっかり忘れていたけれど彼が来ていたのだ。この学校に。野球部のなにかで。それであとで話があるといわれていたんだった。

「あー、ごめん。ほんとにすっかり忘れてた。ちょっと忙しかったから」
「忘れてた、か・・・・」

かわったな。そう御幸は寂しげに微笑む。え・・・?どうして、そんな顔をするの?約束を忘れてたから?でも、それは私が悪かったけどいきなり言われて、こっちも混乱してて。正直、あったのでさえ自分の妄想かなんかだと思ってたから。

「お前の中じゃ、もう俺のことは全部片付いてる?」
「片付いてるって・・・・」
「俺さ、ほんと自分が馬鹿だと思う。自分が悪い癖に、不安にばっかりなって後輩とお前重ねてみて勝手に安心して」
「み、ゆき・・・?」
「なぁ、もう俺のこと嫌いになってる?」
「あの、話が見えないんだけど・・・」
「じゃぁ、率直にいう。俺はお前とやり直したい」

その言葉を聞いて思わず息をのんだ。頭の中でその言葉をうまく理解できない。やり、直したい。それはどういうことだ。どこからやり直すってこと?友達に戻ろうって話??それとも、違う関係なの?私がそう聞くと御幸は悲しそうな顔をして私を見る。何を考えているのかさっぱりわからないよ。そう。私は大学2年のころからずっと、この人の考えてることがだんだんとわからなくなっていった。今じゃまったくわからない。私に何を求めてるのかも、どう思ってるのかも。だから怖かった。あのころ。そして今も

「ねぇ、どうしたの?どうしてそんな顔するの?」
「なんでだろな・・・・」
「言いたいこと、言ってくれないと私わからないよ」
「ずっと言いたかった。けど怖くて言えなかった」

お前は鳥みたいに元気で自由な奴で、初めて会った時からかわらずずっとそう。俺がどれだけ呼んでもいつかは戻ってこなくなる。それが一番怖かった。だったらさ、友達に戻れたら、そしたら一緒にずっといられるのかなっとか女々しく思ってたけど、実際そんなことなったらお前は違う誰かと一緒になって、そいつがお前に触れるんだろ?そんなの、認めれなくてさ。自分勝手なのはわかってるけど俺・・・・

「お前ともう一度やり直してください。恋人として」

まっすぐ射抜くような目をそらすことができず、私はその目にとらわれ、体も頭もうまく動かなくなる。ねぇ、これはなんのじょうだんですか?

「もう、嘘はいっぱいいっぱいだよ。御幸」


信じられると思ったのは過去の君だ


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