No.4 | ナノ

高校生のわたしは自分の変化についていけなくて、怖くて一度は御幸を避けた。先生への気持ちがこんなにも簡単にかわるのは嬉しい誤算だったけど、でも怖かった。まるであれは嘘だったんじゃないかって。思い込みだったんじゃないかって。先生への想いが、消えていくのが怖かった。消えて変わっていくのが怖かった。そんなわたしに御幸は言ったのだ。逃げ続けても追いかけてきて、わたしを捕まえて
「あいつのこと、好きなままでもいい。俺をまだみてなくたっていい。俺だって野球ばっかだし。」
「消したくないのっ!先生への想いがあったからわたしっ、だから消したくないの!お願い、消させないで」
「じゃあ付き合って。好きじゃなくていい。他の男みてたっていいから、お前の男にならせて」
誰よりも隣にいる資格がほしい。誰よりも、隣に、なんてそんなの・・・・。なんでわたしなの?私そんな風に思われることした記憶ないんだけど。んー。まぁ、あいつのこと好きなお前に惚れたっていうか。いつのまにか好きになってたっていうか。最初に口きいたときのことお前は覚えてないと思うけどそんときから気になってんの。今じゃすっかりベタぼれなんだわ。初めての会話・・・?1年とき、俺レギュラーになってさ。それで先輩たちに囲まれてたわけ。そしたらお前が上からおもいっきり水ぶちまけてさ。すいませーん。って慌ててこっちのこと見下ろして。そのくせ笑顔でそれカッコ悪くないですか?とかいうから。もうかっこよすぎて惚れた。まったく記憶にない。そんなことした?した。もう俺には忘れられない話だし。高校のときの思い出話で話すならこれってくらいだよ。本人の記憶にはないけどね。うん。
「だから恋人になって。」
「いやいや、意味わからないんだけど?!」
それからも御幸のアプローチは続いて、根気負けして、いつの間にかわたしがベタぼれになったのだ。御幸は最初に、話していた通り野球があって。忙しそうだった。毎日会えるわけじゃないし、デートなんて引退をしてからもいけず受験がおわって、から初めていけたのだ。でも、どれだけでも待てた。御幸のことを考えるだけで幸せだったから。
御幸はいつも不安そうだったな。きっとふたまたをしていた原因のひとつはそれだと思う。だから御幸だけが悪いんじゃない。もっと大人になって、いつかこの全てを過去にして、笑い話にして、語り合いたいな。わたしと御幸のバカでどうしようもない恋物語。
放課後、樋野君のいる野球部に見学に行ってみた。本当は来たくなかった。こんな場所。あの人の跡が残ってる場所なんて怖くて仕方ないのだ。でも、先生がわたしにしてくれたように、わたしも樋野くんにしっかりぶつかりたい。適当な言葉であしらいたくない。真剣になる。ただそれだけのことでも結構うれしかったのだ。遊びで終わったわけじゃないっていうのがうれしかったのだ。休憩のとき、樋野くんは私に気が付くと走って傍までやってくる。来るなら早く言えよ!とまたため口を聞くから凸ピンをお見舞いしてやる。
「な。な。どうだった?どうだった??」
「うーん。声もう少し出せるんじゃない?疲れたのを顔に出しちゃだめだよ練習中は。それから」
「もういいよ!真面目にそんな風に言われたらさすがの俺だってなく!泣くからな先生この野郎!」
「ちょっとは口の利き方を直しなさい」
そういって樋野くんの鼻をむにっとつまむ。ま。しっかり打ち飛ばしてるところはかっこよかったかな。なんていっていると顔を真っ赤にしてばーか!と叫んで帰って行ってしまった。な、なんで初々しい。いつも自分が似たようなことしてるのにされるのは弱いのか。かわいいな。でもな。でも・・・。やっぱりわたしはどうしてもあいつが忘れられそうにないや。だってほんとに忘れられなかった恋を受け入れて、先に進ませてくれた男なのだ。先生の・・・ううん、義兄さんのことをやっと家族として受け入れられるようにしてくれた人なのだ。今じゃ仕事の先輩なんだけどね。
「あのころは、何も考えずに人を好きになれたのにな」
今じゃ相手の裏を考えて、汚いやり取りがあって、もう大人の世界だ。子供のころのように純粋無垢ではいられない、汚い人間だ。だからわたしはあいつとうまくいかなかったのかもしれない。あんな子供のように一つのものだけにつっぱしる純粋な奴にはなれない。理解してあげれない。
「好きになるって難しいな・・・・」
あのころ、御幸と別れることなんて想像してなかった。だって、御幸はずっと一途だったし、私だってずっと好きで、ケンカだってするけど言いたいことは言っていたし、私に不満なんてなかったのだ。御幸はもっとわがままを言えと言っていた。けど、本気で幸せだったのだ。あんなにも思われることも、思うことも、それだけで幸せで・・・・それ以上を考えれなかっただけなんだ。かなわない恋をずっとしてきた。幼馴染のお兄ちゃんは姉の恋人で、学校の教師だった。昔から決まっている結果を認めれずずっと追いかけまわして、かなわないと知っても追い続けていた。そんな私からすれば思いが通じ合うというだけでほんとに奇跡だったんだ。
野球部の部活が終わるのは夜だった。それまで待って、樋野くんに声をかける。今日思ったこと、樋野くんをみて思ったこと、すべてを伝えた。そしてそれを踏まえてもやっぱりそういう風に見れないとはっきりと告げた。知ってるから、かなわない恋のつらさは。わたしはどちらの恋の時もはっきり言ってほしかったのだ。無理なんだって。だから樋野くんにも嘘偽りなく伝える。自分の気持ちを。つらいかもしれない、あきらめきれないのは十分わかる。でも、言ってあげるのが気持ちを伝えられた側の責任だ。勇気を出してくれた相手にしなければならないことだと思う。
「先生。俺もわかってる。この恋がかなわないのなんてわかってんだ」
「樋野くん・・・・」
「でもさ、あきらめらんねぇよ。先生のおかげで俺野球つづけれたんだ。あんたが負けんなってずっと背中押してくれてたから前に進めたんだ」
だから、俺だって先生の背中を押したい。先生がいまずっと行き詰ってるのは知ってる。なんでかはしらねーけど苦しそうなの知ってるから。だから俺が笑わせてやりたいなって思ったんだ。なぁ、いいよ別に俺のこと好きじゃなくたって。だから恋人にしてよ。迷惑なんてかけないから。絶対誰にも言わねぇし、卒業するまで何もしねぇ。デートだって、部活あるし無理だし。だけど俺が隣にいる理由がほしい。作らせてよ。絶対俺らの試合見せて、笑わせるから。うつむかせたりしないから。だから・・・・
「そんな風に、悲しそうな顔すんなよ!」
ぽろりとこぼれる涙を抑えきれなかった。まるであのころのようだ。あのころのあいつのようなセリフだ。懐かしくて、いとおしくて涙がやっぱりこぼれる。樋野くんとあいつは違う。そうわかってるのにすがりたくなる。代わりにするなんて最低なのに、それでもあまりにも似すぎていた。
「ねぇ、樋野くん・・・・」
「なに?」
「かなわない恋って悲しいよ?代わりなんてつらいだけだよ」
「・・・それであんたが笑うならいいよ」
「ほんと、かなわないなぁ」
そういった私の手を樋野くんはそっと握りしめた


涙の形も僕らと違う。変わっていく

- ナノ -