No.4 | ナノ


「自業自得だな。お前に何かを言う権利なんかねぇよ。言われることはあってもな」
悪友の厳しい言葉に苦笑せざるえない。ほんと、その通りだよ。倉持は大きくため息をついて椅子に座る。部屋からあいつの私物が消えて、もう半月が立っていた。その間俺は仕事以外でこの部屋からほとんど出なかった。もしかしたらアイツが帰ってくるんじゃ。そういう妄想が俺をここに縛り付けた。好きだったのは後輩だったのに、あいつが消えてからもう後輩のことが頭をよぎることすらなかった。倉持が現れるまで。
部屋の中を見てすべてを察した倉持はあいつがちゃんと笑わなくなった初めての日のことを教えてくれた。大学2年の時だ。そう言われてわかった。俺が後輩のほうに目を向け出したとき。あいつは最初からわかっていたんだ。俺がすべてを白状すると倉持は呆れた顔をして俺を見る。自分でもなにやってんだかって思うよ。ほんとに。なんで俺、ここにいるんだろな。さっさと後輩の所に行って、もうお前だけだ。そう言ってやればいい。で、同棲して球団にも話して、結婚して。子供産んで家買って・・・・そう望んでたのに、望んでたはずなのに
「なぁ、俺もしかしてさ・・・・あいつのこと、まだちゃんと好きだったの?」
「じゃなきゃいちいち俺にあいつの状況聞いてきたりしないだろな。特に周りの交友関係とか」
「俺そんなの聞いてなくね?」
「遠まわしにいっつも聞いてたっつの。まさか二股かけてるなんて思ってなかったけどな」
「俺だって・・・そんなことするつもりなかった」
けど気づいたらなんかそうなっちまってたんだ。断れなかったんだ。だんだんと視界に入るのは後輩ばっかりになってた。だからてっきり、俺はもうあいつのことを好きじゃないんだって・・・。そう思ってたのに・・・。なんで、おれここにいんだよ。なんで後輩んとこ行ってやらねーんだよ。なんで、なんで・・・・・
「あいつのこと、探してんだよおれ・・・・」
俺がそう言うと倉持はまた大きくため息をついてお前、別れを切り出したとき、あいつがなんて言ってくれると思ってた。別れたくない。そう言ってくれるんじゃって思ってたんじゃねぇのか?そう言って欲しいと思ってたんじゃねぇの?お前、あいつとその後輩被せてただけだろ。あいつが強がって甘えてくんねーから、その後輩を甘やかして、誤魔化してただけじゃねーの?そんで混乱してきてごっちゃになって勘違いしてただけだろ。ごまかさずはっきりと言われた言葉がすとんと自分の中に落ちる。ああ、そうだ。確かに後輩といるとき今になって気づいたけどあいつと重ねて見ていた覚えがある。それで違う癖を見たときにあれ?って何かを不思議に思った。それで分かった。ああ、俺あいつが好きだったんだ。ずっとずっと。俺は後輩にもあいつにも最低なことをしてたんだ。
「大学入って、お前の野球が忙しくなって、あいつが我慢してたのお前あんま良く思ってなかっただろ。わがまま言えばいいのにっつてばっかりだったもんな」
「ほんと、自分勝手だな俺。そうさせたのは俺自身だってのに」
そうだ。俺は言えなかったんだ。もっとわがままになれって。もっと俺のことを必要と思ってくれって。ただ不安だったんだ。いつか愛想を尽かされることに。ずっと一緒にいてください。そう高校卒業したときにシルバーリングとともに渡した言葉も消えてしまいそうで怖かったんだ。だから指輪を亡くならないように箱にしまった。偽物とすり替えて、勝手に安心してたんだ。あれが存在していれば、一生離れない気がしてた。あいつが消えないって、思ってた。友達に戻れば、ずっと一緒にいられるんじゃ、って思った。不安だった。それがこんなことになったんだ。友達になんて戻れない。それは俺が一番よくわかってたことだ。あいつに俺以外の誰が触れるなんて、許せるはずがない。
なぁ、頼むから、もう一度やり直したい。許してくれるまで謝るから、だから、どこにも行くなよ。一生許さなくてもいいから、傍にいて。それだけで、ほんとはよかったんだ。
「その浮気相手のとこもさっさとかたずけろ。どうするか決めて、乗り換えるのか、それともあいつをまだ探すのかさっさと決めてやれ」
「わかってる。ちゃんと、今日連絡とって近いうちに話す」
乗り換えるなんて、バカな話だ。あり得ない。だって、俺には、あいつしかいない。あいつじゃなきゃ、だめなんだよ。ぽっかり空いた穴が何を埋めても埋まらない。自分が最低な男だってわかってるけど、あいつとこれまで過ごした日が、おれにはいとおしくて仕方ない。こんな男あいつにはふさわしくないけど、それでも、それでもあいつがいい。これは俺のわがまま。
なぁ、いまどこにいる?俺はお前のいなくなったこの404の部屋でずっとお前を探してるよ。絶対一生をかけて見つけ出すからさ、だから見つかったときはどうか、俺の目をまたまっすぐ見つめて。

君との間に一枚の布すらいれたくない

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