No.4 | ナノ

もう、いい加減やめようかな。ああ、もう。ほんと、馬鹿だな。私って。弱いな、ほんとに。ごめん。ごめんね。ほんとはずっとずっと味方でいようって思ってたんだけど。でもね、でもさ、もうほんとに無理だよ。これ以上いたら、きっと迷惑しかかけれないからさ。今まで以上に迷惑かけちゃうから。その前に、消えちゃうよ。


テレビの音が部屋の中を支配する。ひどい、騒音のようだった


いつだったか二人で並んでこの机でご飯を食べたね。質素な料理なのに、お互いに笑ってて美味しいとか言って。ホント、あのころは・・・・幸せだったよ。何も不安なんてなくて、毎日キラキラしてて。夢を追いかける君の背中を見るのがとても好きだったから。うまくいかないときだってあったけどそれでもふたりがいれば何も怖くないと思ってたんだ。

真っ黒な大きなゴミ袋を広げてその中にどんどん私物を入れていく。必要なものは全部ダンボールに詰めて、コンビニで実家に送ってもらった。だからもうここには必要のないものと、持っててはいけないものだけだ。おそろいて買ったマグカップや食器は私の分だけじゃなくてあの人のぶんも全部袋に入れていく。服も全部、必要なのはスーツケースに入れたし。ここにあるのは全部あの人が私にくれたものだけだから。持って行ってはいけないものだけだ。今まで作っていたアルバムは私の顔だけに油性のマジックペンで真っ黒に塗りつぶす。あの人の取り上げられた記事を貼り付けたノートは自分が作ったものだけど、持っていてはいけない気がして、でも人の写真まで乗ってるものをシュレッダーにかけたりするのには抵抗があってダンボールに詰めて押入れの奥の奥にしまうことにした。ここを引っ越しでもしない限り見つからないだろう。こんなところ。
タクシーを電話でお願いしてマンションの玄関まで来てもらう。鍵を閉めてスーツケースをトランクに入れたあとに合鍵を持ってきてしまったことを思い出し、慌ててすぐもどるので。と運転手にいってあの部屋に戻った。ああ、そういえば左手につけたシルバーの光るそれも返してなかった。慌てて家の中に入って指からそっとそれを抜いて一枚の紙の上にそれを置く。今まで、沢山の幸せをありがとう。どうか、次あの人がこれを渡すときは、ちゃんと幸せになれますように。そう強く願った。
大掃除のために乱暴に束ねていた髪ゴムを解いてふんわりと揺れる髪がもうずいぶんと伸びたことに気づく。出会った頃は、ほんと肩につかないくらいの短さだったんだよね。もともとはロングだったんだけど何を思ったかショートにしてください。とか美容院さんにいってさ。余りにも豹変して友達すら最初は私って分からないくらいだったっけ。それがきっかけで、あの人とはなすようになったんだよな。それで、いつの間にか好きになっちゃったんだよね。
やっぱり、あのダンボールはここに置いていくのはやめよう。あれだけは持っていきたい。あれだけでいい。一緒に写っていた何十枚とあった写真よりも、彼が頑張った道を書き続けたあのノートがいい。奥にしまったものを取り出して、綺麗にしまい、もう一度部屋を見直す。ずいぶんと殺風景になったがこれが本来あるべき姿なのだ。この部屋の。

合鍵で部屋の鍵を閉め、ポストにそれを投げ入れる。なくならないようにハンカチに包んだからきっとこれが理由でどこかになくなってしまうことはないだろう。重い重いダンボール箱を持って歩き出す。エレベーダーで一回まで降りてドアが空いた瞬間、思わぬ人に出くわしてしまった。驚いて目を見開くと相手も驚いて固まっていた。ひ、久しぶりだね。そう私が声を振り絞って言うとああ。と短く返事が返ってくる。ほんと、いつぶりだろうか。
「・・・・ゴミ捨てか。それ」
「あ〜、そんな感じかな。って、ごめんね。疲れてるのに引き止めて」
「いや、大丈夫。」
それ以降お互いに口を閉じてしまう。もう、これが最後の会話になるのに。なんでこんなことになってるんだろ。最後くらい、ちゃんと笑顔で、笑って見せたかった。なんでこんな重たい空気にしちゃってるんだろ。ちゃんと、祝ってあげなきゃいけないのに。
「・・・・あのさ」
「なに?」
「それ捨ててからでいいから、話したいことがあんだけど」
何かを決意したような顔を見て何を言いたいのかわかった。知ってるよ。ホントはずっと前から言い出そうとしてたことも。もう、全部知ってるんだ。ごめんね。ずっとずっとごめんね。でも謝ったらまるで攻めているようだから言わないよ。心の中では何度だって言うけど、直接は言わないよ。それが私のできる償いだ。今まで縛ってしまったことの
エレベーターから降りて彼の背中を押して中に入れる。とりあえずさっさと家に帰りなよ。そういって彼を押し込んだ。彼もわかった。と頷いて閉じるぼいうボタンを押す。どんどんとしまっていく扉を見て胸が痛くなる。行かないで。いやだ。ずっと一緒がいい。そんなわがままな言葉を必死に口の中で噛み砕き、飲み込んだ。

「あのさ、御幸」
「ん?」
「負けんなよ。人気者のイケメン捕手さま」

私がそう言うと御幸はきょとんとした顔をする。間抜けな顔。そういって最後に笑って扉が閉まる。その瞬間、嗚呼が漏れた。ずっとずっと、ほんとに好きだった。ほんとに愛してたよ。何があってもそばにいるって約束守れなくてごめん。ごめんね。どうか、幸せになってください。あなたが本当に好きな人と


―― 〇〇球団の御幸選手と、一般人の熱愛が発覚しました ―――

知ってるよ。その子のこと。あなたの大学で、野球部のマネージャーをしてた。あなたがあの頃から好きだった、後輩ちゃんだから。


だからわたしから君との扉を閉じた

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