No.4 | ナノ

「あの子とうまくいかなくなった?それで私のところに来たの?あの子に嫉妬してほしいから?」
「違う・・・・俺はほんとに、お前が好きで」
「二人の女を好きになっちゃったってやつかな?二番目もいてほしいってこと?」

馬鹿にしないで。そうなのは顔をゆがめて叫んだ。信じてもらえないことって、こんなに苦しいのか。そんな顔、初めて向けられた。お前に。今までずっとお前は俺にひたすら笑みを向けてた。どんなときも、苦しい時も。初めてだ。そんな顔されたの。すげぇ苦しい。けど、それと同じくらい・・・・

「初めてだな、お前がそんな顔をして俺を見たの」
「は?」
「お前いっつも俺に笑顔ばっか向けて、苦しい時もそういうの隠してただろ」

自覚があったのかばつの悪そうな顔をして視線をそらされる。自覚ないわけないか。最後の最後までそうやって去ってったよな。ほんとにさ、できた彼女みたいで俺は嫌だったんだ。我儘かもしれないけど、もっとわがままを言ってほしい。そりゃそのわがままを聞けるかわからねぇよ。でもな、たとえそれでけんかしてもそのあと仲直りしたらいいだろ?そんでまた手をつないで歩けばいいだろ。

「ずっといやだった。お前が我慢するの。もっとわがままになってほしいけど、そうさせてるのは俺で、だから言えなかった」

やっと、お前とちゃんと話せてる気がする。あのころ言えなかったことを今だからこそ言える。後輩とのこと、俺もわけわからなくなってた。お前が好きだったはずなのに、目に入るのが後輩になってきて、俺が自分自身てっきり後輩のことが好きになったんだと思ってた。けどさ、お前が出てってから後輩のことなんかすっかり頭から抜け落ちてお前が戻ってくるんじゃってそればっか考えて。仕事以外はほとんど家にいて倉持が来るまで全然後輩のことなんか思い出さなかった。倉持と話して、やっと心の整理がついて、後輩と話を付けてきた。お前が甘えてくんないのが不安になって後輩とお前を重ねてたんだ。ほら、お前も一度見たことあるだろ?あいつ、昔お前が髪の毛短かったころに似てたんだ。まぁ、今もお前髪の毛バッサリ切って短くなってるみたいだけど。

「信じれなくてもいい。それだけのことを俺はお前にしたし、ほんとは会いにくる権利だってないんだ」

でも一つだけどうしても伝えたくて、ずっと探してた。なくなったから、だからそれで探してるのかもしれない。何度かそう考えたこともある。けど違う。今なら確信をもってそう言える。だって、ほんとに、お前の目に俺が映ってるだけで、泣きそうなくらいうれしいんだ

「好きだよ。お前が、なののことが、なのだけが好きだよ」

それだけを言いたかった。俺がはっきりそういうとなのは顔をゆがめて今更信じられるわけないでしょ。といってうつむいて去っていく。うん。信じれるわけねーよな。わかってる。だからこれから、もう一回信じてもらえるように俺はするだけだよ。

野球部の練習が休憩が終わり、再開される。俺は部員一人一人とまではいかないがアドバイスをしながら指導をしていく。監督の頼みで今回ここに来たがほんとうは俺のためだったんじゃないかって思えた。なんか監督察してたんだろうか

「御幸先輩ちょっと投手のフォーム見てもらってもいいですか?」
「ああ。わかった」

声をかけてきたのは今の青道のキャプテンで四番。昔の俺と同じ立場にいる樋野という生徒だった。沢村みたいにバカっぽいしやることなすこと結構めちゃくちゃ。でも人一倍野球に対して真剣な奴だ。がむしゃらにあの夢の舞台を目指している。でも仲間と話してるときスコアブック片手に握ってるのがなんとも不釣合いだった。
投手は樋野のサインにしっかりと応え、コントロールの利いたエグイ球を投げる。次の投手は変化球を得意としていて球威はそれほどでもないがいい球が走ってる。もう少し足の位置をしっかり固定して、あと力みが取れればな。緊張しやすい性格なのか、俺が見ていると腕に無駄な力が入っている。これじゃ、この先不安だな。でも才能はある。あとは慣れだな。こういうやつ打たれるとすぐ取り乱すからな・・・・。よし。マウンドでろお前。樋野、キャッチャー頼む。守備もつける。守備とランナー半々に分かれろ。俺が打つから打ったらランナーは走れ。うつぶせの状態からな。ホームランだけはしないようにすっから、守備陣はしっかり守ってやれよ。突然の俺の出した練習メニューに全員驚いてたが一応目上相手、黙って従う。面白いのはキャプテンの樋野が本気で打ち取りにいきます。と宣言したことだ。こういうやつ、俺好みだわ。
えっと、あの投手の名前なんだっけ。樋野にそう聞くと強です。と教えてくれる。名前とイメージが違いすぎる。けど、マウンドに立った瞬間、おどおどはしてたが目つきが変わる。これはギャップあんな。始まるぞ!ランナーネット裏から走り出せよ。そういって練習が始まる。最初の球は無駄に力が入りすぎてて正直まったく打つのに苦労しない。ここであまり飛ばさないのがやさしさなんだけど、ごめりんこ。俺野球には厳しくいくんだわ。思いっきり踏み込んでホームランは打たない程度に外野に飛ばす。ランナーが走り出し俺が二塁まで行け!と叫ぶとはい!と叫んで急いで走る。外野もボールが下に落ちたもののすぐに切り替えし、ランナーを仕留めに来る。二塁なんてこの守備陣からすると難しいがそのくらい何事にも挑む度胸を付けるためだ。案の定アウトになったが次頑張れよ。というとはい!と元気な返事が返ってきた。
投手のほうを見るとがちがちに固まっている。思った通り、そうなるよな。さて、これで回りがどう声をかけるかだ。俺がだまってみてるとキャプテンがタイム!といって立ち上がり投手のほうに走っていく。何を言うのかと思えば初めにお前ださ!と腹を抱えて笑い出した。おいおい、大丈夫かよ。集まってきたほかのやつらもつられて笑いなんだそのへっぴり腰は!もっとしゃきんとせんけぇ打たれんじゃ!気合入れろバカヤロー!そういいながらバシバシと投手の背中をたたく。

「お前、あのプロ相手にできてるんだぞ?うれしくねーの?楽しくねーの?」
「た、たのしいっ・・・です」
「だったらもっと楽しめよ。俺は本気であの先輩うち取るつもりなんだからな。思いっきりぶつけて来いよ。あと、あの人の顔面狙うくらいのつもりでいけ。イケメンとかほろべくそやろー」

最後のばっちり聞こえてるからな、おい。まぁ、やっと投手もいい顔になったし。今回ばかりは見逃すか。ここから本番だ。


「今日はありがとうございました御幸さん。おかげでまた一歩甲子園に近づけました」
「そりゃよかった。次こそは俺を打ち取って見せろよ樋野」

結果を言えばまぁ、俺は全部打った。ボール以外は。それでもランナーが一周するのはなかなか難しい。守備はほんとにうまくできてる。もう一人の投手も強いいい球を投げてた。これからの成長が楽しみだ。

「御幸さん、先生と同級生なんっすよね?」
「まぁな」
「いいなー。俺も同級生だったらなぁ」

最初の時も思ったがやっぱりこいつもなののことが好きらしい。本気で。まるであのころのなののようだ。教師に本気で恋をしていた、あのころのなのだ。犬みたいになついて追いかけて。

「先生、たまにどうしようもないほど悲しそうな顔してるんっす。聞いても教えてくんないけど、でもだからこそ俺がって思ってるんですよ」
「なんで俺をそれに?」
「同じ気持ちを抱いている人だからですよ、せんぱい」

沢村みたいな馬鹿かと思えば意外と勘はいいのか、それともたまたまか。何れにせよ、困ったライバルだ。でも負けるつもりなんてない。俺だって何度も間違ったけど、やっと見つけた答えだから。


本物のガラスの靴以外全部割ってしまったんだ

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