No.4 | ナノ

たまに夢に見る。楽しかった日々のことを。御幸が隣にいて、わたしが笑ってる。幸せだと、愛おしいと、思っていたあの日々。そういえばなんで、御幸はこのとき笑ってたんだろう。わたしがむすってすねて顔を背けて怒ってますアピールをしてたとき。なんで、悲しそうなかおしてたんだろ。後輩ちゃんと年を越するとわかってみおくった朝。
御幸はいつからわたしにほんとのことを、言えなくなったのかな。後輩ちゃんとのことどこまでがほんとかわからない。けど、その話を聞いて嬉しいと思った自分がいた。それがひどく恐ろしかった。だって、それって。ううん、もうやめよう。私には関係ない。もう過去のことは忘れる。そうきめたんだ。これからは彼とは違う道を歩いていくって決めたんじゃないか。
学校にいくと樋野くんが朝練が終わったばかりなのかユニフォーム姿で駆け寄ってくる。そして昨日の話をたくさんしてくれた。そして最後にとんでもない爆弾を落としていった。先生の男、だれか分かっちゃった。なんて言って去っていく背中に何も言えなかった。

「いまさら出てくんじゃないわよバカヤロー!」

放課後になって屋上で大声で叫ぶ。今ならだれにもそこまで気にされることもないだろうと思い切って叫んだ。実は高校の時からこうやって大声を出すのが私のストレス発散方法である。散々罵って愚痴って息を荒げて声が出なくなるまで叫ぶ。苦しいけど一番すっきりする。それから息が整うまでそこにいて息が整ったら家に帰る。久々に叫んだからのどがちょっと痛いけどいいのだ。うじうじ悩むよりもずっと。

「先生あんな大胆な行動するんだな」
「へ?」
「屋上から?思いっきり叫んでたろ。バカヤローとかいろいろ」
「なんで、私だってわかったの?」
「姿は見えなかったけど・・・・俺がわからないはずないじゃん?」
「マセガキですか」

どこでそんな歯の浮くようなセリフを覚えてきたんだか。あ、先生ちょっと嬉しそうな顔になった。と樋野君に言われ思いっきりチョップをかました。いってぇ!とか言われたけど知らない。まったく、今どきの子供ったらこんなにも恐ろしいのか。

「先生冗談はさておき本題話してもいい?」
「冗談だったのね」
「いや半分本気だけどそれは今どうでもよくて。あの男、また先生の前に現れるよ」
「何を根拠にそんなことを・・・」
「わかるよ。同じ女に惚れてる相手の気持ちくらい」

その言葉を聞いて一気に自分がさめるのがわかる。惚れてる?そんなことあるわけないのに。あの人が好きなのは私じゃない。わたしじゃ、ないんだよ。先生って臆病だな。へ?自信ないんだろ?あの男が自分を好きって。あんま敵に塩送るのとか好きじゃないけどさ、これだけはいっておくよ。あの男は確実に先生に惚れてる。先生はあんなイケメンで、プロ野球選手で、女なんて選びたい放題のやつが自分を選ぶなんてって思ってるかもしれないけどあんな男にはもったいないくらいの魅力があるよ。

「事情は知らないけど、あの男が先生を傷つけたってことくらいわかる。俺これでも捕手だからさ。人の表情の変化とかに敏感なんだ」

だからあいつにやるつもりなんてない。傷つけるような男のもとに行かせるつもりなんてない。幸せになってほしい、そう思ってるからこそ行かせない。嫌われたとしても俺じゃない誰かに奪われたとしても、あいつに所に行かれるよりは何倍もましだからさ。あいつのところだけには、行かれたくないから。俺は先生のなくしてる自信をつけさせるよ。

「甲子園に出場して、優勝できたら俺が高校を卒業してから付き合ってください。」
「樋野くん、ごめん。それはできないよ」
「俺が先生の好きな人じゃないから?」
「それも、だけど・・・ううん。違う。でも、できないの」
「なんで」
「実家にね、来年には帰ることにしたの。お見合いの話がもうできてるんだ」
「おみ、あい・・・?」
「うん。だから、だからごめんね。好きな人はきっと変わらないから。だからもう私のこと好きな人とは付き合わないって決めてたの」

いっぱい元気をくれてありがとう。毎日会いに来てくれてありがとう。毎日声をかけてくれてありがとう。それから、こんなわたしを好きだって言ってくれてありがとう。そういって頭を下げるとそんなのずるい。そう樋野くんはいって顔をゆがめる。

「好きじゃなくたっていい、付き合ってくれなくたっていい!けどっ、逃げたりすんなよ!!俺からも、あの男からも!」
「樋野くん・・・」
「甲子園には必ず行く。それで絶対優勝して見せるからだからっ・・・・・だからそしたら・・・・・ずっとここにいてよせんせいっ」

必ずいってみせっからな!!そういって樋野君は走って去っていく。その背中に何も言えなかった。逃げる・・・・か。でもね、樋野君。ほかにどうすればいいのかわからないんだよ。ただもう二度とあんな思いはしたくないんだよ。だからね、この話はあの人にも今夜いうつもりだ。すでに連絡して今夜会う予定だから、その時に言うよ。ごめんね、先生は樋野君の思うような立派な人じゃないんだ。
夜、御幸と落ちあった居酒屋でお見合いとは言わず結婚をすることを話した。そっか。御幸は大きく言う気を吐き出す。そういえば、何かを我慢するときこの人はいつも落ち着かせるために息を吐きだしていた。まだそのくせ変わってないんだね。ま。そうだよな。俺なんかを思ってるよりずっと賢い選択だわ。寂しげな横顔にむながずきっと痛む。でもね、もうあんな苦しい思いはしたくないんだ。だから・・・・

「最後にさ、一度だけデートしてくんね?」
「なんで・・・」
「俺が完全にあきらめるため。勝手だけどさ、ダメ?」

それで気がすむの?と聞くと実はあんま俺らってちゃんとデートしたの数えるほどしかないじゃん?だからさ、最後にちゃんとした思い出がほしい。たぶん、好きな人は変わらない。けど、邪魔したりなんかしないから。最後に思い出がほしい。

「ずっとさやりたいことがあったんだ。俺」
「なに?」
「お前のいきたいところ、したいこと。全部一緒にして、一緒に笑いあいたい」

震える声で告げられた願いに私も涙がこぼれた。ねぇ、きっと私たちほんとに愛し合ってたよ。それがいびつではあったけども、きっとどんな愛よりも純粋だったね。それに気づけなかったのはお互いがまだ幼すぎたんだよ。あまりにも幼すぎる、純粋な恋だった。


end

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