昔、好きだった男がいた。そいつはとてもふざけた男だった。私に好きだと言ったくせに、簡単に別れを切り出したのだ。今でも私は好きなままなのに。 そいつは人気ものではなかった。モテるけど、気さくではないし、スコアブックという恋人に夢中だったから。あまり他人とかかわりあいを持たなかったから。 別れると言われたのは卒業してすぐの事だった。なかなか連絡が取れず、心配していてやっと繋がった時にはそう言われてた。号泣した。一晩中泣いて、泣いてひたすら泣いて。夢であればと願ったのだ。 忙しかったのだろうと今ならわかる。それなのにしつこく連絡した私が悪い。学生と社会人、その違いをわかっていなかった。そこそこ頭が良くて忙しい大学に通っていたけど、それと社会人を比べることなんて出来ないものだ。だって、比べれるものですらないのだから。 大学を卒業して社会人になった。私はアナウンサーになった。やりたいことがあったから選んだ仕事。それでも嫌なことは沢山あって何度も挫けそうになって、何度も泣いたけどそれでもひたすら努力した。どうしても、会いたかったから。 忘れられてるだろう。何年も昔のことなんだから。それでも私は叶えたかった。あの頃ふざけて話した二人の夢物語を。 なんども原稿を確認して、繰り返し覚えて、空いてる時間はずっとその事を考えた。あの人と会えるかは分からない。それでもそれだけは成功させたかった。私はやったよ!ってキメ顔をする。それがあの別れた日からの目標だったから。 当日。いよいよというときに緊張してしまう。失敗しないように何度もなんども確認したし、練習してきた。それでも不安は沢山ある。頑張って練習したって失敗する時は失敗するし、成功するときはする。そうわかってるのに、こんなにどきどきしてる。 「みょうじアナ大丈夫ですか?緊張されてます?」 「はい、大丈夫です。ずっとやりたかったのでついつい力が入ってしまっていて」 顔が強ばっていたのかカメラさんにすごく心配された。素直な気持ちを伝えるとカメラさんは野球選手目当てですか?と冗談で聞いてくるので違います。と即答する。そしたらじゃあなんで?と不思議そうな顔をされた。 「野球がお好きなんですか?」 「好きになんかなれないですよ。嫌なこと思い出しますから」 「え?ほんとになんでなんですか??」 「ずっと昔に話した夢物語を叶えたくて、です。」 ますます分からないという顔をされたけど内容も約束相手も話さなかった。あれは私の中だけの約束だから。あの教室で2人きりの放課後、夏のこぼれ日を浴びながら話した夢物語。御幸はプロ野球選手になって、私は女子アナになる。私の初めてのヒーローインタビューには初めて祝いで御幸がお立ち台に来て私にインタビューされる。そのとき私達は高校の同級生なんです。2人で学生の頃これやろうって話してたんです。って言おうって。笑いあったあの日の約束を今日、私は叶えるよ。たとえお立ち台にくるのが御幸じゃなくても、私はしっかりやり遂げてみせる。 通路側の横に待機してその時を待つ。試合が始まって攻守を何度も入れ替え、そして試合に決着が着いた。今回のインタビューは御幸一也との連絡が入り、奇跡的なことに感動した。あの人はきっと私なんか忘れてるから同級生なんですよ。なんて言えないけど、それでもあの夢物語だっだものがほんとに実現出来ることが嬉しくて涙がこぼれた。カメラさんたちに心配されながら涙を拭いてお立ち台の前にいく。そして登場した御幸に歓声があがる。私たちはそんな彼にマイクを向けて一言も逃すまいと腕に力をいれる。 「どんな気持ちで打席に入ったんですか?ボールが抜けた瞬間どんな気持ちでしたか?」 「えー、そうですね。打席に入った時はとりあえず絶対活躍してやる!って気持ちで、ほんとに上手く打てたとには嬉しいの一言です。」 「どうしてそんなにチャンスに強いんですか?」 「チャンスに強いというより、やっぱり打つぞという気持ちだと思います。」 「この喜びを誰に伝えたいですか?」 「一番伝えたい人が今日は来てくれてるので、そいつに伝えさせてもらってもいいですか?」 「え?!」 突然の発言に周りは騒ぎ出す。私もすごく驚いてマイクを落としそうになった。まさか、こんなことになるなんて。震えそうになる腕に力を入れて今は仕事だと自分に活を入れる。そしてやっと決心がついて顔を上げた時、何故か御幸が目の前にいた。 さっきまでお立ち台にいたはずなのに、何故か目の前にいる。私はそんなに近い所にいなかったんだけど、なんで? 周りを見渡すとカメラマンたちが私にカメラを向けていた。動揺して自分の仕事仲間に視線を向けると前向けと口パクで怒られた。何これ。 「覚えてる、か?俺のこと。」 「え?私??」 「お前、ここまできてお前以外の誰がいるんだよ。」 「いや、えっと・・・なにこれ?」 まって。何より全カメラの視線が痛い。辛い。逃げたい。やっぱり仕事とか言ってられない。一歩逃げるように足を下げると逃がさないとばかりに腕を掴まれた。 「俺の勝手で別れたくせに、都合がいいかもしれねぇ。けど、言わせて欲しい。」 「まって!口閉じて!何言ってるの!?今のあなた、プロ野球選手なんだよ?!」 「あー、みなさん。俺とこいつ、高校の頃の同級生なんですよ。昔語ってた、俺がプロ野球選手、こっちがアナウンサーになったらお立ち台にたった時インタビューするって夢物語を今、叶えました。」 「ちょ、もう。まって。ねぇ、まって!」 「もう一つ、叶えたいものがあるから。今日は絶対にここに立つと決めてました。」 盛り上がる会場。興奮している声。騒がれる野次。たくさんのカメラ。そんな中、まるで物語の続きを描くように御幸はポケットから小さな箱を取り出して私に中身が見えるように開く。 「俺ともう一度、結婚を前提に婚約者としてお付き合いしてください!」 一気に盛り上がる会場。カメラはすべて私に向く。私はテレビだとかそんなのを忘れて号泣し、忘れられなかった彼に抱きついた。 プロミストランドにて。 △▽ |