それはきっと突然に彼は思ったと思う。いきなり連絡の返事が帰ってこなくなり、電話にも出ない。今までの私なら寝落ちするまで電話して、気づけばすぐに返事を返していたのだから。でも、今はそれが出来ない。嫌われたくないから。
真夏の暑い中真っ黒のスーツを着て炎天下の中歩くのはしんどい。でも今はそれも頑張らないと行けない理由がある。そう、再就職だ。
私は少し前に仕事をやめたのだ。辞めさせられたのではなくて、自分からやめた。もう無理だと思ってしまったから。止められたのに聞かずにやめた。そんな自分が情けなくて連絡を無視してるなんてなんて勝手な彼女なんだろうか。そう思われても会いたくなかった。知られたくない。こんな弱い自分。
洋一には仕事が決まってからケロッとした顔で転職してて忙しかったの。もう決まったけど。なんて言いたい。こんなに悩んで迷ってるとこなんて知られたくない。ずっと一つを追いかけれるってほんとにすごいな。そんな洋一からしたら、私は酷く愚かしく見えそうで恐ろしい。ううん、優しい洋一はきっと黙ってそうか。って言ってくれるだろう。けど、なんとなく言えない。だって洋一は一つのものに向き合い続けてるのに、私は逃げ出したんだもん。
労働時間は最低でも10時間以内がいい。休憩をちゃんと休憩とできるとこ。休日希望が出せるとこ。プライベートな時間が持てるとこがいい。残業代も休日出勤手当もつかない。そんな会社で働きたくない。
面接が終わり、ありがとうございます。と挨拶をして帰宅路につく。面接が苦手な私は今ので上手くいったとは思えない。けどどうか運良く決まることを願うばかりだ。いいかげん、洋一に会いたい。
そう思うのに、やっぱり現実はうまく行かなくてやっぱり再就職は失敗だった。もうこのままどうしたらいいのかわからない。いつまでもどこにも行けない気がする。寂しくて、苦しくて、ぐちゃぐちゃだ。何でこんなにうまくいかないのって誰かに怒鳴りたくなる。そんなの、自分が悪いに決まってるのに。
とぼとぼと歩いて気がついたら洋一の家の前にいた。この上に、洋一はいる。行きたい。会いたい。けど、今更どんな顔をすればいいの?再就職で忙しかったなんて言い訳受かって無かったら言えない。
「なんでお前がいんだよ」
気がつけば目の前にあんなに会いたかった洋一がいる。会うのが怖くて避けてたくせに、いざあってしまったらその胸に飛び込みたくなる。
「散々無視しといて、今更なんだよ」
「あ、それは、」
「俺、これから予定あっから。さっさと帰れよ」
「予定?」
「部活のヤツらと今から宅飲みすんだよ。だからここにいられたら邪魔だ」
「女の子もいるの?」
「それ、今のお前に答える気はねぇよ」
「!」
怒ってる。そりゃそうだ。私だって自分がしたことされたら怒るよ。当たり前のことに傷つくのはおかしい。それでもどこかで期待していた。洋一はそんな事さえも許してくれるなんて、ふざけたことを。それでももう、私には弱音しか吐けない。もう頑張れないよ。
「お願い、頑張ったっていって」
「はぁ?」
「嘘でいいから、頑張ったっていって」
「なんでそんなこと俺が」
「そしたら、帰るから。お願い」
洋一は大きくため息をついて、ほんとに帰れよ。といって私を真っ直ぐ見る。頑張ったな。たった一言。それでも私にはすごく力のある言葉になって、沢山涙が出てきた。
「あの、ありが、とう。おやすみなさい。」
「おう」
とぼとぼと来た道を帰る。ただひたすら切なかった。会いたいから頑張ってた。嫌われたくないから頑張ってた。それは結局自分の見栄でしか無かったのに。そんな私にも洋一は優しいから嘘でも言ってくれた。頑張ったなって。だから私ももう1度頑張ろう。今度こそ再就職決まったって言うために。
「なぁ。」
「な、に?」
なんでか洋一は後ろを付いてきてた。何か忘れ物でもしただろうか。泣き顔を見られたくなくて、背中を向けたまま返事を返す。でもいくら待ってもその先の言葉は聞こえなくて不思議に思って少しだけ洋一の方に体を向けると洋一はまっすぐ私を見ていた。
「なんで、ここに来た」
「それは、その」
「会いたかったのか?俺に」
「ちが、う」
「俺のこと好きなんだろ?会いたかったから、ここに来たんだろ?」
返事を急かされるようにまたなぁ。と言われ耐えきれなくなって本音を気がつけば叫んでた。会いたかった。寂しかった。好きで、好きでたまらないから会いたくて苦しかった。会うために必死で頑張ってた。会いたかったから、電話だってしなかった。1秒でも早く会いたかったから。でも、自分で決めたことさえ出来てなくて、全然上手く行かなくて、どんどん会えない日が増えて、結局最初に決めたこと出来ずに来ちゃったんだ!
こぼれる涙を必死に拭ってるとそっか。と洋一はいう。そしてじゃあ。と言葉を続けて両手を広げた。
「ほら。来いよ」
ん。という言葉が催促してるようだ。堪らず飛びついてびーびー泣きわめく。鼻水まで垂らす私を見て洋一は笑うのだ。


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