あの時、裏切ったのは私。だから許されるわけもない。それでもいいわけをするならただ寂しかったのだ。好きなのはあの人だけなのに、相手の気持ちがわからなくなって、不安になって、好きだと言って抱きしめてくれる腕に身を任せてしまった。もうやめたくて、諦めたくてしたのに、余計に気持ちは大きくなっただけで、いつまでも私はあの日から変わらない。
花の金曜日。私はいつもの場所にいつものように立っていた。携帯を弄り、SNSを開き、ただそこにいる。すると不思議なことにこんな私にも声をかけてくる人がいる。タイプだと思った人以外の声は無視。タイプの人がきたらその嘘臭い言葉に騙された振りをして身を任せる。そんなふしだらな女になってもなお、忘れられない。あの人の手が。
今日も今日とて同じこと。声をかけてきたのはそこそこ顔のいい人。あの人に似てると思った。黒縁のメガネ。雰囲気。この人なら忘れられるかもしれない。そう思ったらもうあっという間だった。溺れていく。
目を覚ますと、知らない部屋にいた。もちろんあの男はいない。サイドテーブルにはお金が置いてあり、部屋代。と小さなメモ書きがあった。なんとも親切な人だ。どっちでも良かったのに。シャワーを浴びて服を着て部屋を出る。さて。冷蔵庫に何が残ってたかな。
金曜日以外の私は結構真面目だ。週に一度ハメを外せばあとは普通に生活している。自炊してるし、部屋の整理だってしてる。一見、そんなことしてるようには見えないだろう。話すことでもないから誰かに話したことはないけど、知られればかなり驚かれるだろう。仕事の友達にも彼氏いない歴と年齢は一緒だと伝えてるし。
パソコンと向き合うのは嫌いじゃない。そりゃ上司に仕事押し付けられたときはすごくむかつくし、終わらない仕事にイライラしてしまうけど、周りのことを気にせず自分の仕事に没頭するのは嫌じゃない。そうやって仕事を終えた金曜日、私はまたいつもの場所に向かうのだ。
いつもと同じ場所に立って携帯を弄る。同じパターンの繰り返し。相手は違うけど。割り切った関係っていうのは楽だ。何も気にする必要がない。盗難は怖いから最低限の荷物でしか来ない。財布だっておいてきてる。ほんとに一晩遊ぶためだけのお金と荷物。
「お姉さん、一人?」
声をかけてきた男。声からしてタイプじゃない。こういう時は無視だ。気にせずすっと携帯を弄っていると男のいらだった声が聞こえてくる。さっさとほかいけよ。と思いながらも面倒だから口にはしない。なんでか何も言ってないのに男は怒鳴りだした。暴言の連続。周りも驚いたように遠目から見守っている。そんなところいるくらいなら助けてよ。偽善者。
「てめぇみたいなレベルの女がすましてんじゃねぇよ!ダボ!」
「口の悪い。品がほんとにないのね」
「ビッチのお前に言われる筋合いはねぇな!」
「ああ、ごめんなさいね。野生の猿に品を求めた私が間違っていたわ」
「なんだとこら?!」
「いい加減にしないと警察呼ぶわよ。」
「このアマ!!」
突然殴られそうになり身構えようとすると少し離れた場所からお巡りさんあそこです!と大きな声が聞こえた。その声を聞くとあの男は慌てて去っていく。その後姿を写真撮ってこれ警察に突き付けようと心に決める。あーあ、一気にしらけちゃった。
もう今日はやめとこう。とりあえず助けてくれた人にお礼だけは言おうと探していたら見覚えのある人が警察とやってきた。先週の人だ。驚いていると警察に身の安全の確認をされ、先ほどの男の写真を引き渡す。話をすませ、今後警備を厳しくしますと言われお礼をいい、警察は去っていく。
「助けてくださってありがとうございます」
「いいえ」
「なにかお礼をしたいのですが、あいにく持ち合わせもなくて」
「いつも、こんなことしてるのか?」
こんなこと、というのはきっと遊びのことだろうとすぐに察しはついた。どういう意味があってそんなことを聞いてきたのか警戒しながらもいつもではないですよ。と否定しておく。実際いつもじゃない。嘘はついてない。
「お礼さ、俺の希望叶えてくれない?」
「お応えのできる範囲でしたら」
顔が近づき耳元に唇が触れる。わかりきったお誘いにまぁいいかと了承し、頷くと手を取られ歩き出す。その手のひらのゴツゴツした硬いものがあいつに似ててほんとにそっくりだと思わず笑った。
シャワーを浴びでバスローブに身を包み男が私を押し倒す。そういえば名前も結局聞かなかったな。かまわないけど、二度目の人にしては少し珍しいケースだ。身を任せようと目をとじる。耳元に唇が触れ、息遣いが聞こえ先週の夜を思い出した時だった。耳元で発せられた言葉に驚いて目を見開く。
「なんで、あなた・・・私の名前を」
「まだ、わかんねぇの?」
「こういう冗談、嫌いなんだけど」
「本人が目の前にいて冗談なわけねぇよ。」
「嘘でしょ、まさか、ありえない」
名前を知ってる理由。そんなの知り合いってことしか思いつかない。そして、この人に重ねたのは、御幸のことだ。整った顔が、ゴツゴツした手が、吐息が、御幸と似てたから。だからこの前だっていまだって誘いを受けたのだ。私が遊んでる理由。それは未だに御幸のことを未練がましく好意を寄せてるから。似た人で誤魔化していたのだ。だからもし、私を知ってる理由があるとするなら、これが御幸本人ということだけだ。
「前の時も全然気づかねぇから驚いたよ。それとも、気づかないふりだったか?」
「どいて。あなたとわかったならこんなことするつもりない」
「お礼してくれるんだろ?」
「こんなことしてなんになるっていうのよ!」
「よりもどせるかもな?」
「原因は私にあったけどふったあなたでしょ!今更やめてよ!」
「そんな事言う割には可愛いことしてるじゃん。」
「は?」
「俺と似てる男捕まえて、何度こんなこと繰り返してたんだよ」
恐ろしい言葉に力が抜ける。ガクガクと身体が震え、恐ろしいものを見るような目で御幸を見上げた。なんで、そんなことまで知ってるの。たった一度きり、抱いただけのくせに。
「相変わらず、俺のこと大好きだな」
「なによそれ」
「あの頃、不安にさてせ悪かった」
「今更なんで」
「迎えに来た。そのためにずっと俺の隣空いてんだから」
「戻れないよ。戻れるわけないじゃんか!」
「どうせほかのどこにも行けないだろ」
「ふざけないで!!」
戻ることなんて今更出来るわけない。あの日、どれだけ後悔したか。私の裏切りを見た貴方の顔を見た時、どれだけ愚かのことをしていたのか初めて気づいたの。そんな、馬鹿な女なの私は。謝って済むものじゃない。私だって謝って済ませたくない。もう、戻れないってあの時わかったから。それなのに、貴方はそれすらもわかっていてそんなことを言うの?
「なぁ、もういいって。」
「もう戻れないの」
「どうせ何処にも行けねぇよ。あの日の俺がお前を縛ってんだからな」
「だから戻れっていうの?」
「違う。帰ってこいっていってんの」
俺の元に帰ってこい。呆れたような、嬉しいような、切ないような、いろいろな感情がごちゃごちゃと混ざったような顔をして御幸は私にキスをした。

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