気がつけば猫になっていた。大きなダンボールに入れられた私はミャーミャーないてお腹を好かせていることをアピールするしか生き残る道はない。心優しい誰か通らないか。そう願いながらないていた。
そのうち小さな少年が近寄ってきた。優しそうな顔をしたお母さんもやってきて、私の入ったダンボールごと抱え込む。寒かったでしょう。って迎えられた時はすごく涙がこぼれそうになった。猫なのに。
名前をつけるのが下手くそな少年は私をネコと呼んだ。それが名前のつもりらしい。ネコ!ってしか呼ばないからお母さんも諦めて私をネコと呼んでいた。
このお家はお父さんを見かけない。かわいそうな家庭なのかと一瞬思ったが家の広さを見て忙しい人なんだろうって勝手に納得した。金持ちの家だ。
少年は寂しがり屋だ。寝る時必ず私を抱き上げて連れていく。一緒に寝ようね。って言われて布団の中に入るのだが素直にそのとおりにすると潰されかねないので少年が寝たら足元か頭の上に移動してる。にしてもこの子顔が整ってるなぁ。あいつを思い出すよ。今頃、何やってるんだろう。
今日は珍しくお父さんが帰ってくる日らしい。お母さんも少年も嬉しそうだ。ふたりが嬉しいならいいやってのんびりしながら私は待つ。しばらく待った後お父さんが帰ってきた。いつもよりワントーン高い声のふたり。楽しそうだ。邪魔しない様に隅っこに隠れてると何故か少年にネコネコ〜って呼ばれる。遊んでやるか。って鳴き声だけ出したらしばらくすると見つかる。見つけた!って嬉しそうな少年の顔を見るのが私はなんとなく好きだった。
お父さん、この子!そういって連れられて行った。仕方ない、挨拶するか、って顔を見た瞬間驚いて目を見開いた。目玉が落ちちゃうんじゃってくらい驚いた。だって、そこには人間だった頃の恋人が、御幸がいたからだ。
お父さんと、少年が呼んでいた。ということはこの家族は御幸の家族なのか。切なくなって少年の腕から飛び出し、隅っこに隠れる。こぼれない涙が余計に苦しくさせる。あなたは私を忘れることができる人だったんだ。
人として生きてる時、御幸と恋人だった。それなりにやってたし、楽しくやっていた。ある日御幸と喧嘩した。内容はくだらなかったきがする。でも御幸も私も色々うまくいかないことが多くてイライラしてて、そのストレスをぶつけてしまっていた。私は外に飛び出して、多分その時死んだ。だってそこから先の記憶がないから。
今日は少年は少年野球に行くらしい。お母さんも一緒に。ということならどうせ御幸も行くだろうって決めつけて日のあたりのいいところで日向ぼっこしていた。悲しいからこの家を出ていくなんて愚かなことはしない。人間だった頃の記憶があるから知ってる。世の中そう簡単にやっていけないのだ。いいところにいるなら、それを大事にしないと、後で後悔する。
あったかいなぁ。気持ちいい。ゆっくりと目を開ける。眠ってたのか。不規則なリズムでられてる感覚がする。この不器用なリズム、少年か。少年帰ってきたのか。顔を上げておかえりって言おうとしたら思ってた人と違ってびっくりした。まさかの御幸がいたのだ。
「起きたのか。」
「・・・にゃぁ」
「抱き上げても起きねえし、死んでるのかと思った。」
「にゃあ!」
「お前、呼び名ネコって言うんだろ?だっせぇ名前だな」
「にゃっ」
「我が子ながらセンスの欠片もねぇ」
「にゃあ」
ほんとそれ。お前の遺伝子のせいであの子だっさいセンス持ってしまってる。可哀想に。猫にネコなんて名前つけてるなんてクラスメイトに話したら笑いものになりそうだ。
「まだ怒ってるか?」
「にゃ?」
「それとも、綺麗さっぱり無かったことにして結婚してることに腹立ててんのか」
「???」
「俺もなー、あの時すんげえ後悔したんだ。」
「にゃ?」
「謝りたかった。なのにもう謝れなかった。ひっでぇよ。お前、俺のこと置いていくんだもん」
なぁ、なまえ。久々に呼ばれた名前にピクリと耳が反応する。なんで?びっくりして逃げ出そうとしたら逃がすかって首輪掴まれて逃げれなくなった。もっと優しく扱え!と太股に爪を立ててやる。
「喧嘩した日、お前覚えてるか?」
「にゃあ」
「俺も。忘れたくても忘れられねぇよ。」
「にゃ?」
「だって探しに行ったらお前、死んでたんだ。頭の中真っ白になった。死にかけのお前背負って病院まで走った。」
「にぁ!?」
「全身血まみれ。もう頭の中もパニック。助けてくれって何度も医者にすがってたら、虫の息のお前が最後に小さな声でごめんね。なんていうから、もう助からないんだって頭の中で理解した。」
そのへんの記憶はない。けど、そういうことなんだろう。まさか病院に走ってかつぎこむなんて。馬鹿だなぁ。
「はじめの頃はなんにも手がつかなくて、倉持にチョー怒られた」
「にゃあ」
「みんなに怒られても全然立ち直れなくて、もう俺もあと追いかけてやろうかって思ってた時、倉持がなんかCD持ってきてよ。聴けっていうんだ。」
「にゃあ」
「ラジオの録音でさ、ペンネーム未来の御幸婦人。」
「にゃふ!?」
「身に覚えあったか。お前も相当ださいセンスだったな。」
「にゃぁ・・・」
「愛しの一也くん。お誕生日おめでとう。って始まんだよ」
覚えがある。それは私が出した、ラブレターだ。御幸の誕生日、会えないってわかってたからよく聞くって聞いてたラジオに応募したのだ。聞いてくれるかわからないけど、もしそんな奇跡みたいなことあればいいなって思って。
「長いメッセージの終盤でさ、もし私が死んでしまったらって話が出てくんだ。」
もし私が死んだのなら、どうせあなたはボロボロになるだろう。ざまあ見ろ。メロメロになってる証拠だ。でもいつまでもそんなかっこ悪い姿だと情けないから早く立ち直ってください。立ち直って頑張ってたら、私はきっとまた会いに行きます。そうだな、猫になってみようかな。猫になったらきっと自由に歩き回れるし、時間に縛られない。だから猫になって会いに行くよ。よぼよぼのおじいちゃんになってもきっとわかるから。だから、早くそのときは立ち直ってどうか幸せになってください。
「泣くわ。普通に泣くだろ。狡いだろあれは。」
「にゃあ」
「どうせ約束なんて守られやしないってわかっててもあの時はそれで頑張る気持ちになった」
「にゃあ」
「あの時、喧嘩した時。ひどい事言ってごめん」
「にゃあにゃ」
「ずっと謝りたかった。ずっと・・・」
会いたかった。ボロボロと御幸の目から涙が落ちてくる。こんなに思ってくれてたんだ。わたしこそあの時はひどいことを言ってしまったのに。残された御幸はいっぱい後悔したんだろうな。もういいよ。もういいんだ。幸せだ。ありがとう。ラジオ聴いてくれて。ありがとう。猫になった私に気づいてくれて。ありがとう。その感謝の気持ちを込めて御幸の唇にキスをした。

猫になった私の話

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